第34話 一ノ瀬くんは私の想い人なのですから

 昼食を挟んで続いた写生の時間が終わる頃には、西の空が朱色に染まりはじめていた。

 これからキャンプ場で、それぞれの班に分かれて飯盒炊爨とカレー作りをすることになっている。


 俺は、蓮池、雪代さんを含む五人のクラスメイトと同じ班。

 班長の蓮池から、雪代さんと二人で野菜を切ってほしいと言われたので、ふたりで作業台へと向かった。

 残りのメンバーはその間に火を起こし、飯盒炊爨の準備にあたってくれるようだ。


「先にまとめて皮を剝いちゃうよ。たまねぎ以外の野菜は一緒に炒めるから、同じボウルに入れちゃっていいかな?」

「……あ、う、うん! いいと思う」


 俺が尋ねると、どことなくぼんやりしていた雪代さんが慌てて頷いた。


「雪代さん? どうしたの?」

「……ごめんね。さっきのことが頭から離れなくて……」

「さっき? もしかして、桐ケ谷たちのこと?」

「うん……。あんな嫌がらせをするなんて最低だ。桐ケ谷くんたちだけじゃなく、一ノ瀬くんのことを誤解して好き勝手言う人たちのことも許せない。一ノ瀬くんのことを悪く言う人たちの口なんて、針と糸で縫い付けちゃいたいぐらい」


 雪代さんは大真面目な顔をして怒っているのだけれど、独特な発想があまりに彼女らしくて、俺は少し笑ってしまった。


 俺のためにそこまで言ってくれる人がいる。

 その事実がありがたくって、くすぐったい気持ちもあった。


 あのとき庇ってくれたクラスメイト達や、こんなふうに味方でいてくれる雪代さんがいることがうれしくて、桐ケ谷たちに言われた言葉なんて、どうでもよくなってきた。


「笑ったりしてごめん。雪代さんの気持ちはすごくうれしいよ。だけど、俺はもう気にしてないから心配しないで」

「それは一ノ瀬くんの本心?」


 まだ眉を下げたまま雪代さんが尋ねてくる。


「無理してるってわけじゃないよ。自分が好きな人たちが傍にいてくれるなら、外野になんて言われようが構わないって感じたんだ。それに、せっかくの林間学校だから。くだらないことに煩わされて、心から楽しめないなんてもったいないだろう?」


 雪代さんを安心させたくて笑いかけると、雪代さんもようやく微笑んでくれた。


「そっか、そうだね。うん。それじゃあ私も桐ケ谷くんたちのことは忘れて、一ノ瀬くんと一緒に楽しむことにするね」

「ああ。俺としてもそのほうがうれしいよ」

「あっ、じゃあ、あのね……切り替え早すぎって思われるかもしれないんだけど……」

「うん?」

「……このあとのキャンプファイヤーあるでしょう……? もし、一ノ瀬くんと一緒にいられたら、私としてはこんなに楽しいことはないのですが……いかがですか……!」

「キャンプファイヤー……」


 うちの学校には、林間学校のキャンプファイヤーのとき、好きな相手と一緒に過ごすと、想いが報われるというジンクスが代々語り継がれている。


 もしかして雪代さんはそのことを言っているのだろうか。


 俺が問いかけるように雪代さんの目を見ると、夕暮れの中でもはっきりわかるぐらい彼女の顔が赤くなった。


「ジンクスを信じているなんて乙女すぎると思う……?」

「いや、そんなことはないけど……」


 そこまで俺のことを好いていてくれるなんて、ちょっとどころじゃなく恥ずかしい。


「本当に俺と過ごすでいいの?」


 思わずそう尋ねたら、なんてことを聞くんだという顔をした雪代さんにかわいく睨まれてしまった。


「当然だよ。一ノ瀬くんは私の想い人なのですから」

「あ、えっと、はい……。じゃあ、キャンプファイヤーのときはよろしくお願いします」

「……! こちらこそ……! ありがとう……うれしい……」


 だめだ。死ぬほど照れくさい。

 雪代さんもさっき以上に赤い顔をしている。


 そのとき、笑顔を交わし合っている俺たちに気づいた蓮池から「おーい、いちゃついてないで手も動かしてくれよ」などというヤジが飛んできた。

 周囲のクラスメイトからも、嫌みのない笑い声が上がる。

 俺と雪代さんはみんなに照れ笑いを返して、作業に取り掛かったのだった。

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