第33話 俺には本当の仲間がいる
もともと花火が学校の有名人だったせいか、その朝の出来事はあっという間に広まり――。
昼過ぎには、ほとんどの生徒から『最低なモラハラ男』と陰口を叩かれるようになったいた。
女子たちは偶然俺と視線が合っただけで、怯えたような悲鳴をあげる。
その反応から、尾びれのついた噂が広まっているのはなんとなく想像がついた。
まだ前髪を長く伸ばしていた頃ですら、ここまで露骨な態度を取られることなどない。
きっと、花火は今頃ほくそ笑んでいることだろう。
花火が望んだとおりの結果になったのだから。
体育祭以降、こっちが戸惑うほどチヤホヤしてきた名前も知らない生徒たちは、根拠のない噂話ひとつで簡単に手のひらを返した。
別に人気者になりたかったわけじゃないけれど、上辺だけで生きているような態度を目の当たりにすると、なんとも言えない気持ちになった。
しかも間の悪いことに、噂が冷めやらぬうちに林間学校当日がやってきてしまった。
普段の学校生活の場合、クラスメイトと以外の生徒と顔を合わせる機会はたいして多くない。
だから、登下校の時と、週に三回の合同体育の授業の時だけ、心ない声や責めるような視線をやり過ごせばよかった。
でも、林間学校ではそうもいかない。
林間学校で利用する施設『せせらぎ自然公園』に到着し、写生をするための森へ移動した直後から、嫌がらせがはじまった。
「おー! モラハラ野郎がいるぞ!」
「うおおっ、目が合った! 俺もモラハラされちゃう!!」
「ぎゃははっ! 安心しろって。モラハラするような奴は、自分よりか弱い女子相手にしか威張りちらせないから!!」
「ほんっとだっせーよな。なあ、モラハラくーん! 聞いてるー!?」
うんざりしながら振り返る。
騒いでいたのは、桐ケ谷とその仲間たちだ。
写生に適した場所を探すために俺が蓮池たちと別れて単独行動を始めたところを見計らって絡みにきたのだろう。
いまだに花火に未練があるのか、はたまたリレーで俺に負けたことへの憂さ晴らしがしたいのか、桐ケ谷の暴言は止まらない。
「しかもモラハラなんてしてたクズ男のくせに、最近まで人気者気どりだったんだから笑えるよな。ボロが出た今じゃ、もう誰もチヤホヤしたりしないけど!」
反論したって、相手を喜ばすだけなことは知っている。
モラハラの噂を流されて以来、あまりにしつこく絡んでくる相手には言い返したりもしてきたが、聞く耳を持つ人間なんて一人もいなかった。
そもそも噂話をして喜んでいるやつらは、真実なんかに興味がないのだ。
ただ学校にいる時と違って、教室に移動してやり過ごすことはできない。
しかも桐ケ谷たちは俺を取り囲んで、自分のクラスの生徒の輪へ戻れないよう嫌がらせをしてきた。
到着が少し遅れているC組のバスを待つ間、教師は生徒たちをこの駐車場に待機させておくつもりのようだから、もうしばらくはくだらない罵りの言葉を聞き流し続けるしかなさそうだ。
「さっきから黙ったままだけど、聞いてんのか? 何か言い返したらどうなんだよ、モラハラヤロー!」
俺の肩を桐ケ谷が乱暴に掴んだそのとき――。
「おい! 何してる!!」
地を這うような低い怒鳴り声を上げながら、蓮池が画板を投げ捨てて駆け寄ってくる。
蓮池だけでなく、雪代さんや、相原など、俺のクラスメイト達が続々とそのあとに続いた。
表情を一目見ただけで、皆が激怒しているのがわかる。
クラスメイト達は画板を盾替わりに、まるで俺を守る防御壁のように桐ケ谷と俺の間に立ちはだかった。
「高校生にもなって、くだらない苛めみたいなことしてるなよ!」
「リレーで負けて逆恨みしてるのが見え見えだよ!」
「ほんっと見苦しい! 一ノ瀬くんに絡んでる暇があったら、自分のその性格直せっての!」
「な、なななんだとぉおおっ!?」
「こら、そこ! 何を騒いでいる!」
さすがに騒ぎが大きくなりすぎてしまったようで、異変に気づいた教師が駆け寄ってくる。
桐ケ谷たちは人数の少なさを活かして、蜘蛛の子のように散ってしまい、残されたうちのクラスの生徒だけが小言を言われる結果となってしまった。
クラスメイトは誰一人俺のことを責めなかった。
それどころか、俺が原因だと教師に名乗り出ようとした途端、全員そろって妨害をしてきたぐらいだ。
結局、教師はわけがわからないという態度で首を傾げ、「林間学校だからって、羽目を外しすぎないように」と注意して去っていった。
その直後、クラスメイトのみんなは心配そうな顔で俺に声をかけてきた。
「一ノ瀬くん、大丈夫だった? 桐ケ谷のやつ、ほんっとドクズだよね……!!」
「何度も言ってるけど、あんな噂話、俺たちは誰も信じてないから安心しろよな」
「うんうん! 一ノ瀬くんと接していたら、モラハラなんてしない人だってわかるもん」
「……みんな、ありがとう……」
桐ケ谷たちから絡まれている時は無感情だったのに、クラスメイト達から優しい言葉をかけられると、胸に響いてどうしたらいいのかわからなくなる。
そう、学校中の生徒たちが俺を悪く言おうとも、俺のクラスメイト達だけは噂が流れる前と一切態度を変えなかったのだ。
それどころか、こうやって俺が絡まれるたびに、必ず助けに入ってくれた。
だから正確には、花火の望んだとおりになんてなっていない。
俺の周りからたしかに人は遠ざかったけれど、それは俺にとってどうでもいい人たちで、初めて友達や仲間だと思えた人たちは、変わらず傍にいてくれているのだ。
とは言っても、手放しで喜べる状況ではない。
現に今だって、俺のせいでクラスメイト達が先生に注意される事態を引き起こしてしまった。
それに俺のために怒ってくれるたび、クラスメイト達は不愉快な想いを抱くことになるのだ。
そう考えると、どうしようもないくらい申し訳なさを感じる。
優しい彼らのことが好きだから、その人たちが愉快に暮らせないような状況を自分が招き寄せている事実が辛かった。
しかし俺の申し訳ないという気持ちとは裏腹に、クラスメイトたちはその後も俺から離れていこうとしなかった。
そのうえ少しでも他のクラスのやつが絡んでくると、全員で反論して迎え撃ちにしてくれるのだ。
俺が恐縮してお礼を言うたび、みんな「気にしないで」と笑う。
きっと林間学校は散々なものになるであろうと予想していたけれど、クラスメイトたちのおかげで最悪な状況を回避できそうだ。
本当にみんなには頭が上がらない。
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