第31話 別れない
デートの翌日の月曜日。
俺が学校に登校していくと、ものすごく奇妙な現象が発生していた。
なぜか男子生徒たちの髪型が、この学校ではほとんど見なかった平凡な黒髪に変わっていたのだ。
今俺とすれ違ったサッカー部の十一番は、茶髪をワックスで逆立てていたのに、別人みたいな優等生スタイルになっている。
「なんかの流行……?」
でもこんな突然、変化って訪れるものなのだろうか。
首を傾げつつ昇降口に向かうと、俺を待っていたらしい蓮池が駆け寄ってきた。
「なあ、一ノ瀬見たか!? 学校中の男たちが、おまえの髪型真似てるぞ!?」
「……えっ? どういうこと!?」
俺が素っ頓狂な声で叫んでしまったのは、言うまでもない。
「俺の髪型を真似てるって……」
「しかもイケメンたちがな」
俄かには信じ難い。
「真似てるって、でも俺の髪型なんてめちゃくちゃ普通だよ」
おしゃれでもなんでもない。
ただの黒髪。
「なんならちょっとダサいぐらいだし」
それを真似られたと思うのは、自意識過剰すぎる。
「まあ、ダサくなるかどうかはそいつのポテンシャル次第だな。そういう特徴のない髪型って、誰でも似合うってわけじゃないだろ。見栄えするかどうかは、顔面偏差値がモロに影響する。だから流行るのは普通、雰囲気だけでもイケメンに見えるような髪型ばかりだ。耳の上を刈り上げたり、ワックスで後頭部を遊ばせたり」
「なるほど。そういう理由から、あの髪型が流行ってたんだ」
「でも、一ノ瀬の今の髪型は、意外としてるやつ見なかっただろう? 俺の元カノを寝取った陸上部の桐ケ谷ぐらいだし、あいつだって確実に一ノ瀬の髪型を真似てたよ」
たしか桐ケ谷は花火とのやり取りの中で、俺の髪型を真似たみたいなことを言っていた。
でも、その他の男子生徒まで同じ行動に出たとはやっぱり信じ辛い。
「俺じゃなくて桐ケ谷のほうを真似たんじゃないのかな」
「ありえないだろ。今のあいつなんて誰からも見向きされてないし。桐ケ谷を真似たいやつなんて一人もいないと断言できる」
体育祭での一件がガス抜きになったのか、桐ケ谷や元カノの話題が出ても、蓮池が以前のように取り乱すことはなかった。
花火にこてんぱに振られたあとの桐ケ谷は、すっかり消沈してしまい、自信満々な態度だった頃と比べて存在感も全然なくなってしまった。
もう女子たちが桐ケ谷を見て騒ぐことはない。
そんなふうに桐ケ谷の校内ポジションが転落したことも、蓮池が吹っ切れられた理由の一つになっているのだろう。
「とはいえ、俺が見たところ、その髪型がちゃんと似合ってるのなんて一ノ瀬ぐらいだよ。イケメンなんて言ったけど、結局どいつもこいつも雰囲気イケメンだったってことだ。一ノ瀬みたいに正統派の美形って相当レアだもんなあ」
見た目なんて好みで評価がわかれると思っているので、俺はとりあえず曖昧な笑みを返しておいた。
「そんなことより、俺はまだ真似されたってことが信じられないよ」
「一ノ瀬が半信半疑なのはわかる。おまえの性格的に、そんなことぐらいで調子に乗るようなタイプじゃないし。むしろ本当に真似されたとわかっても、迷惑に感じるやつだもんな。ただ、俺の推測が事実ならちょっと気持ちの悪い話じゃないか?」
「それはそうだね」
いきなり学校中のイケメンたちが俺の髪型を真似しはじめたなんて、何の理由もなく起こることではない。
「……おい、一ノ瀬。あれ」
「え?」
蓮池は廊下のほうを指さしている。
なんだろう?
首を傾げて、そちらに視線を向けると――。
俺とまったく同じ髪型をした男たちが十数人、ぞろぞろとこの教室に向かってくる。
何人かの顔には見覚えがあった。
俺が胃痛で倒れたあの日、花火と一緒に俺を馬鹿にした奴らだ。
男たちは俺の前までくると歩みを止め、左右に割れた。
そこで初めて、彼らの中心にいた花火が姿を現わした。
俺とそっくりな髪型をした男たちに守られて、花火はまるで女王様のようだ。
当然、周囲の生徒たちも、なんだなんだと騒ぎはじめた。
何がしたいんだ、あいつら……。
呆れ半分にその光景を眺めていると、目の前に立った花火の瞳が不意にうるっと揺れた。
「センパイ、急に別れるなんて言われても、やっぱり私、受け入れられません……」
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