第26話 俺、おまえのこと嫌いだから

 俺と雪代さんはずいぶんと話し込んでいたみたいで、気づけば西の空が真っ赤に染まっていた。

 最近かなり日が伸びたから、もういい時間のはずだ。


「そろそろ帰ろうか」


 俺がそう伝えると、雪代さんは一瞬寂しげに瞳を伏せてから、「うん」と言った。


「ねえ、一ノ瀬くん。……もしよかったらSNSのアカウント教えてほしいな」


 そんなことを言われたのは初めてだったから、驚いて雪代さんを見返す。

 花火のふりをして連絡をとった大道寺絵利華を除外すると、俺は今までどのSNSでも花火以外とフレンド登録したことがなかったからだ。

 花火だってブロックしてしまったしな。

 あれ以来、俺のスマホはアラーム以外で鳴ることがない。


「一ノ瀬くん?」

「あ、ごめん。今誰ともSNSで連絡とってなかったなあと思って」

「そうなの? じゃあ、やめといたほうがいいかな……」

「いや、まさか! なんかあったら遠慮なく連絡してください」


 なんとなく照れくさくて敬語になってしまった。

 そんな俺に向かって雪代さんがくすぐったそうに笑う。


「なにかなくても、一ノ瀬くんと話したくなったら連絡していいですか?」

「……! も、もちろん」

「やったあ!」


 雪代さんは子供みたいなあどけない声で、心底うれしそうに声を上げた。

 そんな雪代さんを前に、思わずドキッとしてしまった。

 もともとかわいい子だとは思ってたけど、今の感情はそれまでとはどこか違っているような気がした。


◇◇◇


 ――その後、雪代さんを家の前まで送り届けて俺が家の近くまで戻ってくると、いつか待ち伏せされた公園の前にまた花火の姿があった。

 どうやら花火は、まだしばらく俺に纏わりつくつもりでいるようだ。


 まったく、よく嫌ってる相手に対して、こんなストーカーまがいの行動を取れるな……。

 俺だったらそんなやつ、顔も見たくないけど。

 とにかく無視無視。


「――颯馬センパイ、私のこと庇ってくれたんですね」


 は?


「大道寺さんと私が繋がってたことを話さずにいてくれて、ありがとうございます。私、センパイの愛情に触れてさすがに反省しました。今回のことはやりすぎだったなって」


 俺の愛、なんだって……?


「今回もまた私の思惑に反した結果にはなっちゃいましたけど、そのことはセンパイの行動に免じて許してあげます。本当は、センパイが雪代史に私との過去を話すことでこじれればいいって思ってたんですけどね。結局、センパイは私のことが好きでしょうがないんですよね。絶縁するなんて言ったのも、私の気持ちを確かめたかったんでしょう? あまりに身の程知らずすぎて、ついついケンカを買っちゃいましたけど、もう許してあげますよ」


 さすがに目を剥いて立ち止まってしまった。


 俺が花火を好きって、勘弁してほしい。

 何を言っているんだ。


 ていうかこれは無視していい問題じゃない。

 いくらなんでも否定しないと、花火は増長するだけだ。


「センパイ、もうくだらないケンカ終わりにしましょ? はい、仲直りのキスを――」

「あのさ、俺、おまえのこと嫌いだから」

「……え」

「庇ったんじゃなくて、これ以上関わり合うのが嫌で黙ってただけだから」

「……な、何言って……」


 おろおろして瞳を泳がせた花火が、俺の腕にしがみついてこようとする。

 花火の指先が触れただけでゾッとして、俺は慌てて腕を振り払った。


「せんぱいが……わたしを……きらい……」


 振り払われた手を見下ろして、花火が独り言のように呟く。

 俺の気持ちが伝わったならもういい。

 さあ、無視無視。


 俺は花火を置き去りにして、家の中に逃げ込んだ。

 こうやって花火を振り切るのも何度目になるだろう。


 扉を閉めて花火の姿が消えたことでホッとため息を吐く。


「まったく、俺が花火のことを好きって……」


 どうしたらそんな発想になるのか本気で信じられない。

 花火が今まで俺にしてきたことで、ただのひとつでも俺から好かれるような要素があっただろうか?

 ないない。

 あるわけがない。

 そんなものがあったなら、縁を切りたいなんて思うわけがない。


「絶縁されてるのに、その相手が自分を好きだと思えるなんて、あいつ本当にどうかしてるな……」


 まあ、面と向かって全否定したから、さすがにもう勘違いされることはないだろう。


 俺が「嫌いだ」と告げたときの花火のあの顔。

 あれは自分が拒絶されているとしっかり理解できたという表情だった。


「あの感じなら今後はもう俺の前に現れなくなるかもしれないな」

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