第25話 傍にいさせてと言われてしまった
「雪代さんが、俺を好き……?」
「最近まで一度もしゃべったことがなかったのに、いきなりそんなこと言われてもびっくりするよね」
俺は無言で頷き返した。
「一之瀬くん、初めて話した日に私が言ったこと覚えてる?」
雪代さんの発言で、そのときの記憶が蘇ってくる。
それは花火と絶縁した日の翌日。
髪を切った俺が、ここからすべてをやり直すんだと思いながら登校した朝のことだ。
雪代さんが落とした栞を俺が拾ったことをきっかけに、俺たちは初めて会話を交わした。
その時に彼女はなんて言っていた?
そう、たしか――。
『実は私、一ノ瀬くんとずっと話してみたいと思ってたんだ』
『え? どうして?』
『一ノ瀬くんって放課後、花瓶の水を入れ替えたり、ベランダのプランターに水を撒いたりしてたでしょ? それで優しい人だなあって思ったの』
まさか、好きだと思ってくれていたから、話してみたかったってこと……?
そう思い当たった瞬間、さすがに動揺した。
だって、嘘だろ……。
当時の俺は暖簾前髪の根暗男だったのに……。
そんなやつを好きになってくれたなんて信じられない……。
俺がまじまじと見つめると、雪代さんは恥ずかしそうに頬を赤くして、俺を睨んできた。
「もう、一ノ瀬くんってば。信じられないって顔しすぎだよ」
「ご、ごめん。でも本当に? 暖簾ヤローのことを好きになるなんてありえる?」
「どうして? 前髪が長いだけで、その人を好きにならない理由になるの?」
「いや、だって……。清潔感もないし、何考えてるかわからないだろうし、妖怪みたいで気持ち悪いよね」
「たしかに何を考えてるのかなって興味はいつもあったけど、でも心を覗かせてくれない一ノ瀬くんが、優しい人だってことは些細な立ち振る舞いから伝わってきてたよ。私は一ノ瀬くんのそういう行動を見るたび、『素敵な人だな』って思って。気づいたら目で追うようになって、一ノ瀬くんが視界に入るだけでドキドキするようになってしまったの」
「……っ」
「それに……一ノ瀬くんと話せるようになってから、前よりもっと好きになっていってるんだよ。一ノ瀬くんの優しいところや、友達想いなところ、それにかっこいいところをたくさん知ることができたから……」
「そ、そうなんだ……」
赤面したままの雪代さんが向けてくれるストレートな好意が照れくさくて、俺まで顔が熱くなってきた。
「……迷惑だった?」
「え!? まさか」
迷惑なんてことはない。
雪代さんはいい子だし、性格も振る舞いもかわいいなって思うし、そんな子に好かれて嫌なわけがなかった。
「一ノ頼くんっ、あ、あのねっ……。私、一ノ瀬くんにずっと伝えたかったことがあるの」
真っ赤な顔をした雪代さんが、潤んだ瞳で俺のことをじっと見つめてくる。
まさかこの流れって……。
「わ、私っ……一ノ瀬くんの恋人になりたいの……!」
「……!」
言われた途端、顔が燃えるように熱くなった。
雪代さんが俺に対して抱いてくれている好きという想いが、友愛ではなくちゃんとした恋愛感情なのだと実感できたのだ。
もし、雪代さんと付き合ったら……。
花火が相手だった時とは違って、すごく幸わせな毎日を過ごせると思う。
だけど、今、雪代さんと付き合いはじめたりしたら、また花火とのごたごたに巻き込んでしまうかもしれない。
花火のことがなければ、「お願いします!」と言っていたところだけれど……。
「……私を恋愛対象に見ることはできない?」
俺の表情を読んだのか、雪代さんがしょんぼりした態度で尋ねてくる。
俺は慌てて首を横に振った。
「雪代さんはすごく魅力的な女の子だと思うよ。ただ、さっき話したとおり花火とのことがあって……。まだ、しばらくの間、花火は俺への報復を止めなさそうなんだ。変に関わると火に油を注ぎかねないから、俺はあいつが飽きるまで基本的に放置するってスタンスでいて……」
「うん。それは、私も正しいと思う」
「そんな状況だから、俺と付き合ったりしたらまた今回みたいな目に遭わせてしまうかもしれないんだ。そんなこと俺は絶対に嫌で……」
「私は、一ノ瀬くんが傍にいてくれるなら、何があっても大丈夫なんだよ……?」
少し悲しそうに微笑みながら雪代さんが言う。
俺は信じられない気持ちになって、彼女をまじまじと見つめ返した。
雪代さんの言葉を疑っているわけじゃない。
ただ、自分が誰かにとってそれほど影響力のある存在になっているなんて、簡単には実感できなかった。
「一ノ瀬くんが付き合わないほうがいいと思うのは、それだけが理由?」
「うん」
「それだったら……あのっ、あのね? ……もしチャンスをもらえるのならなんだけどっ……」
「うん?」
「私とお試しで付き合ってもらえないかな……!」
「お試し!?」
「何があっても平気だって、口で言うだけじゃ信じられないと思うから。お試しで付き合って、私がどうなるかを見てほしいんだ」
まさか、ここまで言ってくれるなんて……。
雪代さんは、恥ずかしさのあまりほとんど泣き出しそうな顔をしている。
俺は、俺と付き合うことで雪代さんを傷つけたくないと思っていたのだけれど、むしろこのまま断るほうが悪い気がしてきた。
「……でも、お試しなんて……雪代さんは本当にそれでいいの?」
俺が尋ねると、彼女は頬を赤らめたままふわっと笑った。
「断られちゃうより、チャンスをもらえるほうが私は幸せだよ」
「……っ」
やばい。かわいいな……。
一瞬、花火のことなど完全に忘れて、雪代さんの笑顔にときめいてしまった。
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