第24話 告白

 大道寺絵利華は親まで呼び出されて、こっ酷く搾られたらしいが、それでもSkypoでやりとりをしていた相手の名前は挙げなかったという。

 今回の件を唆した相手がいるからって大道寺絵利華の罪が軽くなるわけではないけれど、彼女が共犯者を庇うタイプには思えなかったので、担任経由でその話を聞いて少し驚いた。


 大道寺絵利華は花火に何か弱みでも握られていて、名前を出せないのだろうか?

 うん、大いにありえる。


 花火は先の先まで考えて行動するタイプだし、自分が不利になるような展開を避ける術を幼少期から身につけている。

 大道寺絵利華の嘘がバレたときのことだって想定してあっただろうし、それを見越して、先手を打つぐらい絶対にするはずだ。


 担任は、大道寺絵利華が共犯者を吐きそうにないので、今度は俺を呼び出して大道寺絵利華がやりとりしていた相手を教えて欲しいと言ってきた。

 もちろんそれは丁重にお断りした。


 俺が仕組んだ罠や、大道寺絵利華の裏にいた花火の存在について明かせば、確実にややこしいことになる。

 罠に嵌めた事実を知れば、この担任のことだから、大道寺絵利華のついた嘘まで疑いかねないと俺は案じていた。


 申し訳ないけれど、正直この人は教師としても、大人としても信用ならないから、今回の一件で花火がしたことへの対処を任せる気にはなれなかったのだ。

 そもそも、花火をどうするべきか決める権利を持つのは、担任でも、俺でもなくて、本当の被害者である雪代さんだろう。


 そう考えていた俺は、その日の放課後、雪代さんに話したいことがあると声をかけた。

 彼女は少し目を見開いてから、こくりと頷いた。

 多分、俺の様子から、何か深刻な話なのだと勘付いたのだと思う。


 クラスメイトたちからいじめ事件が解決した記念にみんなで遊びに行かないかと誘われたけれど、今回は断り、雪代さんと学校の近くにある公園に向かった。


 遊具が申し訳程度に設置された夕暮れの公園には、雪代さんと俺以外誰もいない。

 滑り台の向かいに木のベンチが二つあるけれど、そこに並んで座るのはなんとなく恥ずかしかった。

 雪代さんはブランコに近づいていくと、「懐かしいな」と言って腰を下ろした。

 もしかして空気を和らげようとしてくれているのだろうか?


 そのとき初めて、自分が緊張していることに気づいた。


 俺はこれから花火との間にあったことを雪代さんに打ち明けようと考えている。

 情けない過去だから、黙っておきたかったというのが本音だけれど、巻き込まれた雪代さんにはちゃんと伝えるべきなのはわかっていた。

「雪代さん、今回の大道寺絵利華の件は、俺を恨んでる人が仕向けたことだって言ったの覚えてる?」

「うん……」

「その相手について話したいんだけど、聞いてくれるかな」

「……! も、もちろん。でも一ノ瀬くん、話したくないんじゃ……」

「気遣ってくれてありがとう。でも、話しておかないとだめだと思うんだ」

「一ノ瀬くん……」


 雪代さんが心配そうな瞳で俺を見つめてくる。

 そんな彼女の優しさに勇気づけられ、俺は自分の惨めな過去について話しはじめることができた。


「すごく情けなくて、引かれそうなんだけど……」


 俺は花火との関係、モラハラを受けていたこと、そしてそれが耐えられなくなり絶縁したこと、今の花火が向けてくる歪んだ感情についてすべてを打ち明けた。


「――だから、本当に今回の件は俺の責任なんだ。雪代さん、ごめん。巻き込んでしまったこと、どう償えばいいか……」

「違う……! 一ノ瀬くん、なんにも悪くない……」


 髪が乱れるほど頭を振って、悲痛な声で雪代さんが叫ぶ。

 心底苦しそうな彼女の顔を見て、俺はハッとなった。

 雪代さんはいつの間にか、目に涙をいっぱい溜めていたのだ。


「一ノ瀬くん、辛かったよね……。気づいてあげられなくてごめんなさい。私、君の何を見ていたんだろう……。もし私がもっと早く勇気を出して一ノ瀬くんに話しかけてたら、一人きりで辛い想いをさせなくて済んだのに……」


 雪代さんはブランコから立ち上がると、俺の目の前まで駆け寄ってきた。


「私、一ノ瀬くんのことを助けてあげたかった……。ごめんね」


 涙が一粒、彼女の大きな瞳から落ちる。


「……雪代さん、どうして泣くの」


 びっくりしてそう問いかけることしかできない。

 そんな俺を濡れた瞳で見つめながら、彼女は言った。


「あなたが苦しんでたことに気づけなかったことが悔しくて……。だってね、私、一ノ瀬くんのことがずっと好きだったんだよ」

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