第21話 雪代さんを守るために反撃を開始する
花火との話を終わらせて雪代さんのもとに帰った俺は、すべての元凶が自分にあったことを打ち明け、心からの謝罪をした。
「ある人間とちょっと前に揉めて縁を切ったんだけど、その時の報復で俺の周りの人を苦しめようとしたみたいなんだ。本当にごめん……」
「一ノ瀬くん、顔を上げて……! 一ノ瀬くん全然悪くないよ……!」
慌てた声でそう言った雪代さんが、頭を下げている俺の腕を揺さぶる。
「その揉めた相手を今追いかけていったの?」
「うん。俺たちの様子を見てたみたいだ。その相手が大道寺さんを唆して、嘘をつかせたことも聞いてきた。大道寺さんのことは俺がなんとかするから、あと一日だけ時間をもらえるかな」
「一ノ瀬くん、何をするつもりなの? 私も協力を――」
「いや、俺一人に任せて」
花火と話しているときから、この件をどう解決するか頭の片隅で考えていた。そのときに使えそうな案は浮かんだものの、場合によっては汚い手を取ることにもなりそうだ。
そんなことに雪代さんを巻き込むわけにはいかない。
「雪代さん、ごめんね。不安だと思うけれど、必ずなんとかするから」
「私は平気だよ。それより揉めた人のことは大丈夫……?」
自分と花火の間にあったモラハラ関係のことは、まだ具体的に話していない。
だって、このタイミングでモラハラ話をしたら、自分も花火の被害者だと主張しているのと変わらなくなってしまう。
いや、まあ被害者ではあるんだけど。
でも、今もっとも辛い状況にある雪代さんにそれを伝えるのは違う気がするのだ。
おそらく優しい雪代さんは俺に同情して、また「一ノ瀬くんは何も悪くないよ」と言ってくれるだろう。
巻き込んでしまった俺としては、そんな状況はできるだけ避けたかった。
もちろん、花火のせいでひどい目にあった雪代さんには、なぜこんなことになったのかを知る権利がある。
今回のことが解決したら、雪代さんには改めて花火との間にあったことを話そうと、俺は密かに決意した。
◇◇◇
翌日の放課後。
昇降口の脇でできるだけ気配を消して待っていると、しばらくして目当ての人物が姿を見せた。
運良く相手も一人きりだ。
壁にもたれていた俺はすっと体を起こし、その人物のもとへと向かっていった。
気配に気づいて顔を上げた相手がハッと息を呑む。
「阿川さん」
これまで知らなかった名前を呼びかける。
「ちょっと大道寺さんについて聞きたいことがあるんだけれど」
俺がそう言った途端、彼女の顔に警戒の色が宿った。
目つきが鋭くなり、あのカラオケで見せていたような表情になる。
そう、彼女はカラオケで陰口に興じていたもう一人のほうだ。
名前は阿川
俺はこの阿川未来経由で、大道寺絵利華のSNSのアカウントを調達しようと考えていた。
「大道寺さんてSNSやってるよね? 連絡が取りたいから、アカウントを教えてもらえないかな?」
「えっ。む、無理ですよ。そんなのルール違反だし。絵利華に怒られるのは私なんですよ?」
「ルール違反なのはわかってるよ。でも、大道寺さんとはなんとしても連絡を取らなきゃいけないんだ。もちろん誰から聞いたかは言わないって約束する」
「でも……」
「それとも阿川さんが証言してくれる? 大道寺さんのそばにいた阿川さんなら、彼女が雪代さんにいじめられてたって話が嘘だってわかってたんじゃない?」
「そ、それは……」
「雪代さんは今回の件ですごく傷ついてる。だから手を貸して欲しいんだ」
俺が頭を下げると、阿川未来はじりっと後退した。
「悪いけど無理です。雪代さんが困ってるからなんなんですか? 私は別に雪代さんの友達じゃないし。無関係な人がどうなろうが興味ないっていうか……。そもそも絵利華が起こした問題だって、私は巻き込まれる筋合いないんで」
「大道寺さんと友達じゃないの?」
「友達っていうかオタク仲間? でも、微妙に解釈違いなところがあるから、そこまで庇えないし」
本当に迷惑そうな顔で阿川未来が言い放つ。
たしかにこの態度を見ると友人関係とは思えない。
こんなに薄い関係性なら、状況によっては阿川未来は俺の要求に答えてくれるのではないだろうか。
「大道寺さんのためって気持ちがないなら、なんとか手を借してくれないかな?」
「勘違いしないで下さい。絵利華のためとかじゃなくて、私にとって損しかないから教えたくないんです」
「ただ頼むだけじゃ協力してくれないってこと?」
阿川未来が興味なさそうな顔で頷く。
うーん。仕方ない。
こうなったら、最終手段として取っておいた切り札を使うしかなさそうだ。
「頼んだだけじゃ協力してもらえないことはわかった。だったら交換条件を出すよ。体育祭の後のカラオケで、大道寺さんと二人になったの覚えてる? トイレの前の廊下で」
「え」
宙を見上げた阿川未来が、不意に表情を強張らせた。
その時のことを思い出したのだろう。
「な、なんでそれを知って……」
「たまたま居合わせたんだ。それで二人がクラスメイトの悪口を名指しで言ってるのを聞いた。もし俺がそのことをみんなに話したらどうなると思う?」
「……!」
鬱陶しそうにしていた阿川未来の表情が、みるみるうちに変わっていく。
「君たちが悪口を言ってた相手は、うちのクラスの主要メンバーだ。そんな相手と対立したら、これから一年相当しんどいことになるよね」
悪口を言われてた側がどんな態度に出るかはわからない。
ただ、たとえいじめに発展しなくても、無視されたりする可能性は高い。
自分を悪く言っていた相手と仲良くお付き合いしていく義理なんてないんだから、それも仕方のない話だ。
「しょ、証拠はあるんですか……!」
「そんなものないよ」
「私は否定するんで、誰も信じないですよ」
「本気でそう思う?」
「どういう意味ですか」
「雪代さんはいじめなんかしてなかった。本人も否定した。でもクラスの雰囲気はどうだろう? みんななんとなく疑心暗鬼になって、雪代さんに疑いの眼差しを向けているよね」
「……っ」
「こういう噂は一度たったら収拾がつかないんだよ。真実がどこにあるかなんてみんな気にしていないし。相当インパクトのある逆転劇でも起こらない限り、噂の当事者が泣きを見るだけだ」
それに今もう泣きそうな顔になっている阿川未来が、縋るように俺を見上げてくる。
「SNSのアカウントを教えたら、私たちが悪口を言っていたこと黙っててくれる……? 絵利華が悪口を言ってたって暴露するのはいいけど、私は絶対に巻き込まれたくない……! もし悪口のことがバレちゃったら、教室内に私の居場所なくなっちゃう……。今でも根暗なオタク女子って思われてるのに……」
「わかった。カラオケで聞いたことは、誰にも言わないって約束する」
陰口はやっぱりよくないと思うけれど、俺も長年ぼっちだったから、クラスの人気者たちに嫉妬心を募らせた阿川未来の気持ちもわからなくはなかった。
「阿川さん、皆口さんたちのことがうらやましかったんだよね? 実は俺もずっとそうだったんだ。相原とか皆口さんとか、目立つグループの子たちっていつも楽しそうだから、なんか憧れるよね」
そう言って俺が笑いかけると、阿川未来は頬を赤く染めて口元を両手で覆った。
「すごい……。三次元にこんなかっこよくて優しくて気持ちをわかってくれる人がいるなんて奇跡すぎる……。推せる……!!」
早口なうえ声が小さいので何を言っているのか聞き取れない。
「阿川さん?」
「あっ……! あぁ、あのっ私……! これからは心を入れ替えるので!! 今日から密かに担とうさせていただきますっ!!」
それだけ言い残すと、彼女は走り去っていった。
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