第20話 白状させる
路地を曲がると、逃げ去ろうしている後ろ姿が見えた。
どんどん距離を詰め、ついにその腕を掴む。
「……っ」
強引に引き留められた相手はハッと短く息を吸って、こちらを振り返った。
心の底から人を見下した笑顔は相変わらず。
「あはっ! 捕まっちゃいました」
そう言って笑う瞳には、この状況を面白かっているような気配が宿っている。
――そう、俺の目の前で息を切らしているのは花火だ。
「花火、ここで何してる?」
「それ応える義務ありますかぁ、センパイ?」
数秒前、花火の後ろ姿を見た瞬間に浮かんだ疑惑がより強くなっていく。
大道寺絵利華のいじめ問題、花火が絡んでいるんじゃないか?
そんな気がしてならない。
大道寺絵利華の家の所在地は、花火の通学路をかすりもしていない。
だから、こんなところで偶然出くわすのはおかしいし、面白がっているような花火の態度も気になった。
「そんなことより、どうしちゃったんですかセンパイ。私のことを必死に追いかけたりして。ふふっ。大丈夫。何も答えなくてもちゃーんとわかってますよ。他人になるなんて言ったくせに、私のいない生活の寂しさに耐えられなくなったんですね?」
「は?」
「センパイったら仕方のない人ですねえ。でも、私はとぉっても優しいので、謝ってすがってきたら許してあげなくもな――」
「あ、それはいいや」
「ふえっ……」
「単刀直入に聞くよ。――うちのクラスで今、いじめ騒動が起きてるんだけど、花火、関わってる?」
花火の目を真っ直ぐ見たまま問いかけたら、彼女の口元がヒクッと歪んだ。
「な、ななななんのことです? あははー」
逃げるように逸らされる視線。
それだけでも答えになっている。
俺の予想どおり、やはり花火が裏で糸を引いていたようだ。
さて、どうしてくれようか?
花火が諦め悪く逃げようとしたので、俺は彼女を道路沿いの空地のフェンスまで追い詰めた。
そこに両手をかけて、逃げ場を奪う。
「せ、んぱい……っ」
なんで頬を赤くしてるんだ? さっき走ったからか?
まあ、そんなことどうでもいい。
とりあえず、まずは――。
「その『嘘をつけなくて、思ってることが簡単にバレちゃうチョロイン』みたいな演技やめなよ」
花火は子供のころから、平然と嘘をついて周りの大人たちを騙してきた。
愛想のいい優等生のふりだってそうだ。
それを隣でずっと見てきた俺が、花火の演技にあっさり騙されるわけがない。
ため息交じりで指摘すると、花火はぱちくりと瞬きをしたあと、可笑しそうに笑いだした。
密かに花火がコンプレックスにしている八重歯が覗く。
八重歯を他人に見られたくないと思っている花火が、ここまで大口を開けて笑うのは俺の前だけだ。
「あははっ! さっすがセンパイですね。私のことをそこまで理解できるのは、センパイだけです」
わかりやすすぎるヒントを出しておいて、さすがも何もない。
「もともと誤魔化す気なんてなかったんだろ?」
「……なーんだ。あっさり言い当てられちゃいましたね。センパイに見つかったときの慌ててる演技、結構かわいかったはずなのになあ」
花火は悪びれることなく、にんまりと笑ってみせた。
「それで? 一体何をしたんだ? 大道寺さんにいじめられてるって嘘を言うように命令したのか?」
「命令? まさかぁ。私は彼女のお悩み相談に乗ってあげただけですよぉ。クラスメイト達の押しつけがましい団結感とか、陽キャな雰囲気がイラつくっておっしゃってたんで、『それめちゃくちゃにする方法ありますよぉ』って助言してあげたんです。まあ、大道寺さんは私の言いなりみたいなものですけどね、ふふ」
花火の言葉から、カラオケボックスでクラスメイト達の悪口を言っていた大道寺絵利華の姿を思い出す。
「すごい効果でしたよねえ? 林間学校まで潰れそうなんて笑えます。大道寺さんも大満足みたいですよ」
「花火と大道寺さんって知り合いだったのか?」
「いいえ。センパイのクラスを崩壊させてくれる生徒を探していたら、ちょうどいいのが釣れただけです」
大道寺絵利華が抱える心の闇を、花火が利用したということか。
「探したって、いったいどうやって?」
「センパイのクラスメイトのことなら、もともと何から何まで情報を集めてデータ化してありますからー」
「は……?」
「私がどうしてそんなことをしたかわかりますかぁ?」
なんとなく予想はつく。
俺はげんなりしながら、眉間に皺を寄せた。
「どうせ俺にやり返すためだろ」
「たしかに自分勝手な振る舞いばかりする反抗期なセンパイに怒ってる部分もありますけど、だからってただ仕返しがしたくて私が行動していると思っているのなら、それはちょっと的外れにもほどですねえ。私はセンパイの周りに群がる蝿どもを叩き潰して、センパイの目を覚まさせてあげたいんですよ」
目が覚めたから、花火と関わり続けるべきじゃないと気づけたんだけど……。
まあ、そんなことはどうでもいい。
話の流れをもとに戻そう。
「今回の件、花火の仕業だって学校側に説明する気ある?」
「あはっ、センパイってば。わかりきってることを尋ねてくるとか、ほーんと相変わらず要領が悪いですよねえ」
はあ……まったく……。
相変わらずなのはどっちなんだか。
一応尋ねてみたものの、花火が今回のことを教師の前で証言するなんて期待するだけ無駄なのはわかっていた。
それなら大道寺絵利華を説得したほうがまだ可能性がある。
花火とこれ以上話していたって状況が変わるわけじゃない。
そもそも事件を起こした主犯はあくまで大道寺絵利華なのだから。
俺がフェンスから手を放して身を引くと、花火は不満そうな顔になった。
「え、もう行っちゃうんですか? せっかくだし、一緒に帰りましょうよぉ。センパイだって私と話したかったんですよねえ。もう、素直じゃないんですからぁ」
「勘違いするな。俺が追いかけてまで話しかけたのは、花火と喋りたかったからじゃない。クラスの問題を解決したかったからだけだ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! それだけなわけないですよね……? 私にやり返したいって思ったでしょう!? 私に腹を立てて、私のことで頭がいっぱいになりましたよねっ!?」
花火の視線が揺れている。
どうやら自分の望みどおりの展開にならなくて、かなり動揺しているようだ。
花火がかまわれたくて今回の事件を起こしたことはわかっている。
身勝手な理由で雪代さんを傷つけたことは許せない。
でも、だからといって、責めたり糾弾しても花火を喜ばせるだけだ。
だったら、どういう対応をするのが一番効果的か。
「もう花火に用はない」
俺が冷ややかな眼差しを向けると、花火が怯んで後退った。
「せ、せんぱい……」
「はやく花火も新しい友達を作りなよ。俺みたいにね」
「……っ。わ、私、絶対にセンパイのこと過去にしてなんてあげませんからっ」
花火の瞳に透明な雫が浮かび上がる。
雪代さんの流した涙と違って、花火のそれが俺の心を揺れ動かすことは一切ない。
どうせ嘘泣きに決まっているのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます