第19話 黒幕を追い詰めるために

 放課後。

 俺と雪代さんと蓮池は、校舎の裏にある花壇の前に集まって、今回の一件について話し合った。本来、蓮池は部活に向かうべき時間なのだが、「遅刻していくから構わない」と言ってくれた。

 情に厚い男だから、リレーの件で世話になった雪代さんのことを放っておけなかったのだろう。


「部活に遅れたくないなんて言ってる場合じゃないしな。まったく、さっきのホームルーム、なんだあれは」


 蓮池がムッとした顔で腕を組む。


「状況はかなり悪いな」


 蓮池の言葉に俺と雪代さんは頷き返した。

 帰りのホームルームで何が起こったのか――。

 問題は担任が配った一枚のプリントにある。


「先ほど雪代さんとお話させてもらいましたが、雪代さんは苛めをしていないと言っています。でも、それで終わらせるわけにはいきません。学校には雪代さんがいじめをしたという手紙が届いているわけですからね。ということで、先生はみなさんから力を借りたいと思います。今配った用紙を見てください。今回のいじめに関するいくつかの質問と、自由欄が印刷されていますね。さあ、そこにみなさんが知っていることを書き込んでください」


 担任はプリントを配りながら、A組の生徒たちにそう伝えたのだ。


「朝のホームルームでも言ったとおり、今回の事件が解決しなければ、林間学校は中止です。そのことを踏まえたうえで、他人事だとは思わず、しっかり協力してくださいね」


 あんな言い方をすれば、雪代さんがいじめを認めなかったから、林間学校が中止になりかけていると聞こえかねない。

 現に生徒たちの間に流れる空気は、重苦しいものになってしまった。

 担任の行動によって、どんどん状況が悪化しているようにしか思えなかった。


「残念だけど、先生には任せておけない。今回の件は、自分たちの力で解決させるしかなさそうだ」

 帰りのHRでの担任の発言を思い出しながらそう伝えたら、蓮池も同感だと言ってくれた。


「一ノ瀬の言うとおりだ。いじめに無頓着な教師もどうかと思うが、うちの担任みたいなパターンも問題だな。あいつがしていることは、間接的な雪代さんいじめだろう」


 怒りを露わにした蓮池が、拳を握り締める。


「……ごめんね、ふたりとも。こんなことに巻き込んじゃって……」

「雪代さんは何も悪くないよ。わかっていることから情報を辿っていけば、誤解や濡れ衣も必ず晴らせると思うんだ。今はつらいと思うけど、俺たちが力になるから」

「うん、ありがとう……」


 まだ元気はないけれど、雪代さんは少しだけ微笑んでくれた。

 早く彼女を心から安心させてあげたい。


「それじゃあまず、手紙について担任が言っていたことを教えてくれるかな? 手紙の差出人は誰だかわかる?」

「うん……。大道寺さん本人だって……。しかも二通目の手紙は、家庭訪問をした時に直接手渡されたらしいの」

「なるほどな。被害者本人が雪代さんの名前を出しているせいで、分が悪くなったのか」


 顎をさすりながら蓮池が呟く。


 でも第三者の告発じゃないなら、思っていたより簡単に解決させられるかもしれない。

 雪代さんがいじめの加害者にされてしまったのは、大道寺絵利華の誤解か、もしくは雪代さんの思い当たらない理由で、大道寺絵利華が雪代さんにいじめられていると思う何かがあったか。


 どちらにせよ、大道寺絵利華から話を聞けばいいだけだ。


「今から大道寺さんの家に行ってみようか。住所ならクラス名簿に載っているし」


 俺がそう提案すると、緊張したお面持ちで雪代さんが頷いた。


「あのね……私は大道寺さんをいじめてないって言ったけれど、ちょっと不安になってきたの。もしかしたら私が知らないうちに、彼女を傷つけてしまったのかもしれないって……。話したこと一度もないけど……。それでも可能性はゼロじゃないし……。だから、私が何かしちゃったなら、直接謝りたいって思ったの……」


 話したことが一度もないのに、いじめられたと相手が訴えるような事態になるだろうか?

 ただ、今はまだ雪代さんの優しい言葉を否定してあげられるだけの情報がそろっていない。


 とにかく、大道寺絵利華に会わなければ――。


◇◇◇


 部活に向かった蓮池と別れた後、俺と雪代さんはさっそく大道寺絵利華の家を尋ねた。

 しかし――。


『帰って下さい。いじめていないって反論したことは先生から聞きました。でも私は毎日あなたに言葉の暴力を振るわれてましたから』


 インターホンで対応した大道寺絵利華は、こちらの話をまったく聞かずに、ピシャリと言い放った。


「え……」


 雪代さんが茫然としながら呟く。


『ぷっ。何今の声。白々しい。さっさと認めて、クラスメイト全員の前で謝って下さい。それ以外では許す気ないんで』


 高圧的な口調で吐き捨てるように言うと、大道寺絵利華はインターホンを切ってしまった。


 言葉を失っている雪代さんの隣で、俺は首を傾げずにいられなかった。

 大道寺絵利華の要求はなんだか妙だ。


 どうしてクラスメイト全員の前で謝ることを要求したりするんだ?

 そこに大道寺絵利華自身はいないのに。

 雪代さんは誰に対して謝罪するのか。

 いったい大道寺絵利華は何がしたいんだ……?


 不信感を募らせながら考え込んでいると、なぜか急にぞくりとした寒気を覚えた。

 これはカラオケボックスの前でも感じたあの感覚だ。


 急いで背後を振り返ると、路地の曲がり角にサッと消える人影が見えた。

 その人影が視界に映ったのは一瞬だけだったが、あのシルエットは間違いない。


 なんであいつがこんなところに……。


 まさか、雪代さんが巻き込まれている問題を引き起こしたのって……。


「ごめん、雪代さん! ちょっと待ってて!」


 俺は雪代さんにそう言い残して、走り出した。

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