第17話 雪代さんがやたらとかわいい顔で俺を睨んでくる

 音楽の合間には、クラスメイトたちの楽し気な笑い声が絶えなかった。


 ――でも、どうやらこの会を楽しんでいる人間だけではなかったらしい。


 トイレに立ったときに、廊下の隅でクラスの女子二人がひそひそと話しているのを、偶然聞いてしまったのだ。


皆口みなぐちさんたち、ほんと苦手なんだけど。一ノ瀬くんに近づきたくて仕方ない感じでしょ」


 自分の名前が呼ばれたのに驚いて足を止めると、ぎょっとするような悪口が続いた。


「ああいうのキモくない? 盛りのついた雌犬かよ!」

「ねー、なんかああいうのはちょっとねー」

「自分たちがクラスの人気者みたいなつもりでいるじゃん。勘違いするなっての。絶対みんなあいつらのこと心の中ではビッチ集団だと思ってるから」

「うんうん、そんな感じするー」

「そもそも一ノ瀬くんだけじゃなくて、他の男子ともすぐ絡みたがるのが意味不明なんだけど。男子とか存在がキモいし。あんな生き物にチヤホヤされてなにがうれしいわけ? 私がそんなことされたら鳥肌ものだよ」

「ねー、男子は二次元だけでお願いします」

「ほんとそれ!! 男は二次元の美形以外滅びろ!!」

 皆口未空みくは、髪を切った初日からよく俺に話しかけてきてくれる派手な雰囲気の女子だ。

 今、内緒話をしている女子二人の名前は、残念ながらわからない。


 主にしゃべってる子のほうは、ちょっと太っていて、長い黒髪を無造作に一つ縛りにしている。

 相槌を打ってる子のほうは、逆にものすごく痩せている。


 ふたりとも、自分の外見を着飾ることには無頓着のようで、皆口未空達グループとは真逆のタイプだ。

 気が合わないのも納得がいく。


 ……とはいえ、陰口はちょっとね。


 だいたい、皆口未空が俺に近づきたいなんてのは、明らかに彼女たちの思い違いだ。

 皆口未空は誰に対してもあけすけな態度で絡みにいく社交的な子だし。

 多分、妬みと劣等感が混ざった感情を抱いているのだろう。


 だったらこういう集まりにも来なければよさそうなものだけれど、それはそれで蚊帳の外にされている感じがして嫌なのかもしれない。

 俺は二人に気づかれないよう、静かにその場を後にした。


 ◇◇◇


 俺がクラスメイトたちのいるルームに帰ってしばらくすると、廊下にいた二人もこそこそ戻ってきた。

 それから少しして、今日の会はお開きになった。


 会計係がまとめて支払いを済ませ、カラオケボックスの外に出る。

 夏のはじまりの匂いがする夜風が通り過ぎていく。

 俺たちがカラオケを楽しんでいる間に、辺りはすっかり暗くなっていた。

 みんな立ち去りがたいようで、ふざけあったり、談笑したりしている。


「クラスでこうやって集まるのって初めてだけど、楽しかったね!」

「ほんとほんと! またみんなで遊びたいね」

「ねえ、一ノ瀬くん、次も来てくれる?」

「女子はしつこいからなー。一ノ瀬、今度は男子だけで遊ぼう!」

「ちょっと! 男子ずるい!!」


 取り囲まれてしまった俺は、苦笑しながら「じゃあ、また時間があったら」と返した。

 その直後、背中のあたりがゾクッとした。


 ……なんだ?


 強烈な感情を向けられているような、そんな感じがして、背後を振り返る。

 ビルとビルの間の路地裏で、一瞬、影が動いた気がしたけれど、目を凝らしても何も見えない。


 ……気のせいか。


「一ノ瀬くん、どうしたの?」


 小首を傾げた雪代さんが尋ねてくる。


「あ、ううん。なんでもない」


 きっと野良猫だろう。


「あのね? よかったらなんだけど、途中まで一緒に帰らない?」

「もちろん。というか途中までじゃなくて送ってくよ」

「えっ」

「もう遅いし。暗い中、女の子を一人で歩かせるわけにはいかないよ」

「……っ。一ノ瀬くん、そういうキュンとするようなことを突然さらっと言うんだから……」

「……!? キュンとするって……」

「キュンです。ていうか一ノ瀬くんにはキュンキュンされっぱなしで困ります!」

「えええ……!?」


 赤面した雪代さんがやたらとかわいい顔で俺を睨んでくる。

 雪代さんがとんでもない爆弾を投げつけてきたせいで、さっきの野良猫のことはすっかり俺の頭の中から消えてしまった。

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