第16話 隅で目立たずいたいんだけど……
「みんな今日はお疲れ! それから、本日のMVPである一ノ瀬に大きな拍手を!!」
幹事の相原の言葉を聞き、お疲れ様会に集まったクラスメイトたちが一斉に拍手をしてくれる。
「ほんとトップを抜いた時の一ノ瀬くんかっこよかったー! 思い出すたびドキドキしちゃう!」
「グラウンド中から大歓声が上がったもんなあ!」
「間違いなく今日一番の見せ場だったよね」
「一ノ瀬くん、私たちクラスを優勝させてくれて本当にありがとう!!」
みんな大はしゃぎで次々声を掛けてくる。
俺は苦笑しながら、自分に向かって掛けられた言葉を否定した。
「俺にお礼を言う必要なんてないよ。バトンはクラスのみんなで引き継いだものだし、優勝できたのは一人一人が頑張ったからだよ」
そう伝えると、何人かのクラスメイトは感動したと言って泣き出してしまった。
騒ぎはますます大きくなり、俺の想いに反して、クラスメイト達は俺を称賛しはじめた。
おかしい……。
こんな予定じゃなかったんだけど……。
こんなふうに大勢の人から注目を浴びることに慣れていない俺としては、めちゃくちゃソワソワする状況だ。
しかも、体育祭のお疲れ様会には、クラスメイトのほとんどが参加しているのだ。
蓮池によると、クラス委員がちゃんと全員に声をかけてくれたらしい。
俺の今までの経験から言うと、普通は絡みがないとこういうイベントには誘われないものだから、なかなか珍しいパターンだなと思った。
まだクラスメイト達のことは詳しく知らないけれど、クラス委員の二人は少なくとも仲間外れを作ろうというようなタイプではないらしい。
ちなみに俺は参加する前に蓮池に、目立ちたくないから歌は歌いたくないと伝えておいた。
おかげで歌を強要されることもなく、隅の席に座っていられた。
隣には同じように歌を歌わない雪代さんがいる。
ただ、二人ともまったく音楽を聴かないわけでもないので、時々「この曲いいね」「俺も歌詞が好き」などという言葉を雪代さんと交わし合った。
「次は俺が歌う! これは俺から一ノ瀬へ送る友情の歌だ。聞いてくれ!」
「……!?」
突然マイク越しに名指しされ、ぎょっとなった。
周囲から、「なんだなんだ」「ホモー? いいぞもっとやれー!」などという茶化し声が上がる。
「みんな、俺が彼女に振られたのは知ってるよな」
ねとられー、NTRー、などというヤジも飛びはじめた。
うわっ。蓮池が自分でばらまいた刃で傷を負って、涙目になってる。
「その憎き寝取り男に、今日、一ノ瀬が報復してくれた! 一ノ瀬、ほんとにありがとう!!」
蓮池の告白で、今日あったことを本当の意味で理解したクラスメイト達は、驚きの声をあげた。
「えええっ!? 一ノ瀬くん、かっこよすぎない!?」
「リレーで活躍しただけじゃなくて、友達のための行動だったなんて!!」
クラスメイトたちが、しきりに俺を褒めちぎる。
なんだかとんでもない展開になってしまった。
「あの、待って。もともと俺は雪代さんの練習に付き合ってほしくて蓮池に協力しただけだから……」
「雪代さんのためでもあったの!? もぉーっ!! どんだけかっこいいのぉ!?」
「ねー!! それにすごいことしてるのに全然得意気にならないし、性格までイケメンとかほんとどうなってるの!?」
俺が大したことはしていないと否定するほど、女子たちからかっこいいと言われてしまう。
そんな俺を、男子たちは羨望の眼差しで眺めている。
「まいったな……」
俺がソファーに身を沈めて呟くと、雪代さんが励ますように微笑んでくれた。
「一ノ瀬くんはヒーローだもん。みんなが騒ぐのも無理はないよ」
「ヒーローって…………。それは言い過ぎだよ」
「もう。一ノ瀬くんは自分がどれだけみんなを憧れさせたのかちっともわかってないんだから。……みんなだけじゃなくて私も……」
不意に雪代さんが口ごもる。心なし俯いた彼女の耳もとが赤く染まっている。
「雪代さん?」
「今日、すごくかっこよかった……。一ノ瀬くんが走る姿を目で追っている時、胸がきゅうってなって苦しいくらいだったの……」
「……っ」
俺だけにしか聞こえない声でそう言うと、雪代さんは照れくさそうに笑った。
雪代さんが走っているとき、俺も同じような気持ちになったから、その一致がくすぐったい。
なんだろう、この感じ……。
未知の感情に戸惑いながらも、決して悪い気はしない。
俺たちが黙り込んだタイミングで、次の曲のイントロが鳴り響いた。
雪代さんは照れ隠しのように前髪をいじると、モニターのほうに向き直った。
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