第15話 桐ケ谷、木っ端微塵にされる
俺は咄嗟に雪代さんの手を掴んで、木陰にしゃがみこんだ。
「……っ、一ノ瀬くん……?」
目の前に雪代さんの顔がある。距離が近すぎるせいか、彼女の頬は赤く染まっている。
「巻き込んじゃってごめん。ちょっと顔を合わせたくなくて」
「あ……! そっか、そうだよね。リレーで倒しちゃったあとだし、気まずいよね……」
どうやら雪代さんは、俺が桐ケ谷に会いたくないのだと誤解したようだ。
誤解を解く間もなく、花火と桐ヶ谷が俺たちの潜んでいる木の目の前までやって来てしまった。
俺が唇に人差し指を当てて合図を送ると、雪代さんは真剣な顔でこくりと俯いた。
雪代さんの頬はなぜかさっきよりもっと赤くなっている。
「――本当にごめんね。本当ははーたんにもっといいところ見せたかったんだけど」
桐ケ谷と花火は、あろうことか立ち話をはじめた。
これだともう二人が立ち去るまで隠れているしか術はない。
「なんか今日体調が悪かった気がするんだよね。体が重かったっていうか。そのせいで全然実力を出せなかったっていうか。まあ、学校のリレーごときで全力で頑張るわけもないんだけど。次はインターハイ予選があるから、そのときかっこいいところを見せるよ!」
どうやら、桐ケ谷はリレーの結果について花火に弁解しているみたいだ。
花火は微笑を浮かべて桐ケ谷を眺めている。その瞳はまったく笑っていない。
「次ってなんですかぁ?」
「えっ」
「どうして次のチャンスを与えてもらえるなんて思えるんです? その図々しさやばいですよ」
「は、はーたん?」
「馴れ馴れしく呼ばないでください。『彼氏のフリ役』はもう終わりですよ」
「フリってなに!? 俺、君の彼氏だろ!?」
「はぁ? いつ誰が言いました?」
「だ、だって……毎朝俺と登下校したいって言ってくれたし、自分から腕にくっついてきただろ!?」
「ぷっ、あはは! それだけで勘違いしちゃったんですかぁ? どれだけ残念な脳みそしてるんですか。筋肉に栄養分全部持ってかれちゃってるんですね。それなのにあんな醜態さらしちゃって。あなたみたいに何の価値もない人が、私の彼氏になれるわけないじゃないですか。私が生涯彼氏にしてあげる人はただ一人だけですし」
「え……ど、どういう意味」
「あなたには関係のない話です」
「と、とにかく俺、悪いところは改めるから! 考え直してよ! 君のために彼女を振ったんだよ!? それに君が好きだっていう髪型にわざわざ変えたのに……!」
「出た~。こっちは頼んでもいないのに『君のため』とか言って、女に嫌われる男のあるあるですねえ」
「なっ……」
「当て馬にすらなれないなんて、本当に残念な人。もう用ないんで、二度と私に声をかけないでくださいね。おつかれさまでしたあ」
「……っ」
まるで虫を追い払うかのように花火がひらひらと手を動かす。
桐ヶ谷は半泣きで花火に縋ろうとしたが、その瞬間、人を殺しそうな形相をした花火から睨みつけられた。
「さっさと消えてくれますー?」
おそらく花火のそういう面を見るのは初めてだったのだろう。
桐ケ谷は「ひっ」と喉の奥で悲鳴をあげると、尻尾を巻き一目散に逃げ出していった。
「――ところでセンパイは何をしてるんです?」
桐ケ谷の逃げていった道の先を見つめたまま花火が言う。
一瞬花火がこっちを見た気がしたが、やっぱりあの時に気づかれていたか。
正直、顔を合わせたくはなかったが仕方ない。
俺は溜め息を吐きながら立ち上がった。
雪代さんを巻き込むわけにはいかないので、このままここにいてくれるような手ぶりで合図をしてみたけれど、雪代さんは首を横に振って俺の後をついてきた。
「センパイは私のことを笑いにきたんですか?」
花火は腕を組んだまま悔やしそうな表情で俺を睨みつけてくる。
的外れな問いかけすぎるだろ……。
はっきりいって、返事をする気も起きない。
「ここに居合わせたのはたまたまだよ。おまえを笑いにくるほど暇じゃない」
「……っ。ふ、ふん。体育祭でいいところ見せられたからって調子に乗っちゃってるんですか? 哀れなセンパイ。でも、これで終りだと思わないでくださいね。今回はあの役立たずのせいでこんな結果になってしまいましたけど、必ずセンパイに参ったと言わせてあげますから!」
「花火と関わらなくてよくなるなら、いくらでも参ったって言うよ」
「……っ。相変わらずセンパイは私を怒らせる天才ですね……。でもそんな挑発に乗る私ではないんで!! リベンジ、覚悟しておいて下さいね!!」
花火は、ふんっと鼻を鳴らして肩にかかっていた髪を払うと、俺の横を通りすぎていった。
「……あの一ノ瀬くん、今のやりとりって……」
雪代さんから遠慮がちに問いかけられ、俺は苦笑いを返すことしかできなかった。
「ごめん。変な場面を見せちゃって」
「ううん、そんなこと……! でも、あの、大丈夫? なんだか不穏な感じがしたけど」
「ああ、うん。大丈夫だよ。あいつのことは、全然相手にしてないから。心配してくれてありがとう」
俺が微笑みかけると、雪代さんはまだ少し気がかりだという表情を浮かべながらも頷き返してくれた。
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