第11話 リベンジのための下準備

 蓮池と雪代さんと俺の三人は、翌日の朝からさっそく練習を開始することにした。

 朝のホームルームは八時三十分からだから、その一時間前の七時半にグラウンドへ集まる約束だ。


 そういえば、こんなふうに誰かと待ち合わせをするのなんて初めてのことだ。

 そもそも、小中高と学校に通ってきたのに、クラスメイトと学生らしい行動を取ったことすら皆無だった。


 花火に四六時中行動を制限され、他の人と接点を持てなかったのだから、当然といえば当然の話なのだけれど。


 俺が到着すると、すでに蓮池と雪代さんはグラウンドにいて、こちらに向かって手を振ってきた。


 なんだかすごく照れくさい。

 俺は胸の奥ら辺がくすぐったくなるのを感じながら、二人のもとに向かった。

 奇妙なきっかけから始まった練習だけれど、意外と悪くないかもしれない。


「おはよう、一ノ瀬くん」

「はよ、一ノ瀬」

「二人ともおはよう」


 今日は家からジャージを着てきたので、さっそく鞄を下ろして準備運動に入る。

 雪代さんは、運動全般苦手だと言っていたとおり、この時点ですでに動きがぎこちない。


「うんっ……ううーっ……んっ。……ひゃぁ……!?」


 前屈していた雪代さんが、バランスを崩してコテンと横に転がる。

 本人はいたって真面目なのだけれど、微笑ましくてちょっと笑ってしまった。

 彼女が小柄なこともありコロコロした動きが子犬っぽくてかわいい。


「むっ、一ノ瀬くん、いま笑ったなー!」

「ごめんごめん。なんかかわいくて」

「……っ」


 深い意味はなく、思った通りのことを伝えたら、雪代さんの顔が一瞬で真っ赤になってしまった。


「もしや一ノ瀬くん、ナチュラルすけこまし?」

「すけ、えっ……?」


 読書が趣味だからか、彼女のボギャブラリーはちょっと変わっている。


「おい、おまえら……。失恋でボロボロになっている俺の前でいちゃつくとはいい度胸だな……」


 ドスのきいた声を聞いて振り返ると、蓮池が涙を流しながら佇んでいた。

 顔が強面なせいで、なんだか鬼気迫るものがある。


「ご、ごめん。泣くなよ」

「ぐずっぐすっ……。さあ、リベンジの下準備をはじめるぞッ……!」

「リベンジの下準備って言い方はどうかな!? 頼むから普通に練習するって言って」


 ――気を取り直して、『練習をはじめる』。


 蓮池は陸上部だけあって、教え方がとても的確で、雪代さんも俺もどんどんタイムが上がっていった。

 雪代さんのたどたどしい走り方がかわいくて、それをついまた口にしてしまい、照れた彼女に「やっぱりすけこましだ……!」と言われたり、「お願いだからいちゃつかないでください……」と蓮池が泣き出したりという事件も起きたりしたけれど。

 練習初日にしては、かなりいい成果を出せたのではないだろうか。

 

◇◇◇

 それから俺たちは毎日、朝練と夕練を繰り返した。


 ちなみに――花火は相変わらず毎朝姿を見せ、桐ケ谷とのいちゃつきアピールをしてくる。

 しかもこの日は何を思ったのか、俺を見つけた途端、こちらに向かってズカズカと近づいてきた。

 半歩後ろには、もちろん桐ケ谷を引き連れている。


「聞きましたよ、センパイ。体育祭のリレーでアンカーを走ることになったって」

「そうだけど、それが何?」


 ていうか、なんで花火は俺の事情に詳しいんだろう。


「ちょっと! 勢いをそがれるような返答やめてくれません!? ……まったく、もう……」


 花火は気を取り直すために咳払いをすると、俺の前にビシッと指を突きつけてきた。


「宣戦布告ですよ、センパイ!」

「は?」

「せっかく私が、人前で本気で走ったりするべきじゃないって教えてあげてきたのに、無視をするような悪いセンパイは思いっきり恥をかけばいいんです。この桐ケ谷くんがB組のアンカーとしてセンパイを全力で潰しにいくので。覚悟しておいてくださいね?」

「悪いけどあんた、だいぶ無様な姿をさらすことになると思うよ。ぷぷっ」


 花火の隣に立つ桐ケ谷は、俺に向かって得意気な顔をしてみせた。


 桐ケ谷が花火からどんなふうに俺の話を聞いているのかは知らないけれど、発言と態度を見た限り、好きになれそうな相手ではなかった。

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