第10話 注目を浴びたらクラスメイトに助けを求められた

「なんで桐ケ谷をそんなに負かしたいんだ? 同じ陸上部同士だから、ライバル関係にあるとか?」

「あいつは! 俺の彼女をッ! 寝取ったんだっ……!!」

「寝取ったって……」


 とんでもない単語が飛び出し、俺は慌てて雪代さんを振り返った。

 彼女はかすかに頬を染めて、眼鏡の下の瞳を揺らしている。

 そりゃあ動揺もするよな。

 真昼間の教室で話すような内容じゃない。


 でも怒りに我を忘れているのか、蓮池は俺と雪代さんから向けられる戸惑いの眼差しにも気づかず、悔しそうに歯を噛みしめている。


 あれ、でも妙だな。

 蓮池の彼女を奪ったらしい桐ケ谷は、数日前から花火と一緒に登校している。

 花火が桐ケ谷の腕にくっついたりしていたから、ただのお友達同士というわけではないだろう。


 じゃあ蓮池の彼女はどうなったんだ……?

 俺が疑問を抱いていると、蓮池は絞り出すような声で説明を続けた。


「……彼女を取られたことを恨んでいるんじゃない。それは俺が不甲斐なかったから悪いんだ。俺から奪ったって、大事にしてくれたならよかったんだ。俺だって潔く身を引いたさ! でもあの野郎は、そうやって奪った俺の元カノをあっさり捨てて、一年の女子に乗り換えやがったんだ! 俺はあいつがどうしても許せない……!」


 なるほど……。

 状況を理解した俺は、さんざんな目に合ったらしい蓮池に向かって眉を下げた。


「なんていうか……大変だったね」

「しかもだ……! さっき廊下ですれ違った時、こう言われたんだ……! 『このあとのホームルームでリレーの順番が決まるな。今年もおまえがアンカーを走るのか? うちのクラスは俺で確定だろうから……ぷぷっ。俺はおまえかわいそうで仕方ないよ。恋愛だけじゃなく、体育祭でまで俺に敗北を味わわされるだからなあ!』と」


 蓮池は、桐ケ谷の嘲笑まで再現してみせてから、悔しそうに唇を噛みしめた。

 今の話が事実なら、桐ケ谷はロクなヤツじゃないな……。


「でも、そんな因縁があるなら、アンカーは蓮池自身が走ったほうがいいんじゃないの?」


 その途端、顔を真っ赤にさせた蓮池がじんわりと涙を浮かべた。


「くっ……」


 涙が落ちるより先に、乱暴な手つきで目をこする。

 俺と雪代さんはぎょっとなって顔を見合わせた。


「……それで勝てるのなら、俺だってそうしたい。だが、どう頑張っても埋められない才能という名の壁があるんだ……。俺は桐ケ谷には勝てない……。でもな、一ノ瀬! おまえは桐ケ谷と同じように、俺の超えられない壁の向こう側にいるんだ……!」 


 俺の机にバンッと手をついた蓮池がグワッと身を乗り出してきた。

 ち、近い……。


「一ノ瀬……! おまえの実力を見込んで頼みたい! 俺の代わりにあの調子に乗ったクズ男を懲らしめてやってくれ……!」

「懲らしめるって……」


 戸惑いながら腕を組む。

 桐ケ谷の新しい彼女が花火だということはどうでもいいが、蓮池に対してはちょっと同情心を抱いた。男女間のいざこざの結果、苦労している人間だから、シンパシーのようなものを感じてしまったのかもしれない。


「具体的に何をすればいいの?」

「俺が走り方を教える。そうすればおまえは今より確実にタイムを伸ばせるはずだ。そして万全の状態でリレーに挑んで欲しい! 桐ヶ谷は市の記録保持者だが」

「記録保持者に素人の俺が敵わけなくない?」

「そんなことはない! 練習次第で一ノ瀬はあいつに勝てるポテンシャルを持っている!!」


 蓮池が親指を立てて二カッと笑ってみせる。

 いやいやいや。


「それに競う種目は、個人走じゃなくクラス対抗リレーだよ? 俺がタイムを伸ばしたって、リレーの勝敗を揺るがすほどの影響力にはならないと思う」

「ところがそうでもないんだ」

「どういう意味?」

「うちのクラスと桐ケ谷のクラスの百メートル走のタイムをデータ化して比較したところ、ほぼ互角だった。もちろん当日の個々人のコンディションも大きく左右することはわかっている。だが、拮抗した状態でバトンが繁がれ、アンカー同士の争いによって勝敗が確定する可能性も十分ある!」


 言い返す言葉のなくなった俺に向かって、蓮池が勢いよく頭を下げる。


「このとおりだ……! 体育祭までの二週間、俺と共にタイムを伸ばすための練習をしてくれ!」


 ここまでされてしまうと正直断わりづらい。

 ……蓮池の悔しさは伝わってくるし、俺にできる範囲で協力するか。


 そう決めた直後、ハッとなった。

 待てよ。そうか。蓮池は陸上部だから、走り方に関して知識を持っているのか。


「蓮池。協力する代わりに、こっちの頼みも一つ聞いてくれない?」

「なんだ。なんでも言ってくれ」

「走り方、俺だけじゃなくて彼女にも教えてあげてほしいんだ」


 そう言って雪代さんのほうを見ると、雪代さんは「えっ」と声を上げ、大きな瞳を丸くさせた。


「さっき走り方を教わりたいって言ってたから、どうかなって思ったんだけど」

「私はすごくありがたいけど、いいの……?」

「もちろんだ!」


 心配そうな雪代さんに向かって、蓮池が力強く頷く。


 こうして俺は、雪代さんのコーチ役を依頼する代わりに、花火の彼氏でもある桐ケ谷を倒すこととなったのだった。



***


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