第8話 別の男に乗り換えたアピールとかまったく効果ないから
夜の公園で花火と話した翌朝。
最寄り駅で遭遇した花火は、新しい男を連れていた。
相手の男はたしか俺と同じ二年で、陸上部のエースのはずだ。
男を連れているということは、花火にとっても俺が過去になったと考えて間違いないだろう。
心底ホッとしたのは言うまでもない。
周囲に見せつけるかのように甘えているから、花火はその男子生徒にかなり入れあげているようだ。
今も目の前で、これでもかってくらいイチャついている。
「ね~え、桐ヶ谷くぅん。私のことどのくらい好きぃ?」
「もちろん誰よりもはーたんのことが好きだよ!」
「もおおっ。誰よりもって言い方、誰かと比べられてるみたいでおこだよぉ! そんな桐ケ谷くんには花火のことしか考えられなくなる魔法をかけちゃうんだからねっ」
「あーもう、かわいすぎる! 安心して! 俺の目にはとっくにはーたんしか映らなくなってるから!!」
いや。周りを見たほうがいいって。
鳥肌のたった腕をさすりながら、心の中でツッコミを入れる。
俺と付き合っていた時とは大違いの態度で猫をかぶり続ける花火を見ていると、痛々しくて冷むけが止まらない。
俺以外にも周囲の人がだいぶ引き気味の視線を送っているが、自分たちの世界にひたりきっている花火たちは全く気づいていないようだ。
花火のことはどうでもいいけれど、正直なところ朝から他人がイチャつく場面なんて見たくはない。
そんな理由により、俺は翌日から四十五分早く家を出るようにした。
これなら一本早い電車に乗れるから、朝からいちゃつく奴らと遭遇しなくて済むのだ。
ところが花火たちを見ないで済んだのはたった一日だけで、次の日にはなぜか花火たちも一本早い電車を利用しはじめたのだった。
しかもホームでは、わざわざ俺の傍まで近づいてきて、連れの男とのいちゃつく様を見せつけようとしてくるのだ。
どうやら花火を振った俺に対して、「もう彼氏ができました。ざまぁ」とアピールしたいらしい。
行動が痛々しすぎて、哀れに思えてくる。
しかも俺のほうは花火に彼氏ができようがちっとも興味が湧かないので、まるで効果をなしていないんだが……。
花火は今もチラチラとこっちを見ている。
俺は背を向けて視界から強引に花火を追い出した。
◇◇◇
とまあ、そんな感じで朝は若干疲れることがあったものの、一限は体育なので気持ちを切り替える。
実は、俺は密かに今日の体育を心待ちにしていたのだ。
「じゃあ、今日は予告通り、体育祭のリレーの順番を決めていくな。一番タイムの良かったやつがアンカー、その次がトップバッターだ。その二席は女子にもモテるから頑張れよ~」
体育教師の言葉を聞き、走りに自信のある男子たちが俄然張り切る。
俺はというと……毎年、平均ぐらいのタイムになるよう努めてきた。
本当の実力は自分でもよくわからない。
幼稚園の頃は、運動会のかけっこで一等賞を取ったことがあるけれど。
そのあとすぐ、年少さんだった花火に優勝シールをむしりとられてこう言われたのだ。
『はしってるときのそうまくんきらい。はやすぎておウマさんみたいだし。かっこわるいよ。もっとおそくはしって』
当時の俺は五歳。
花火の残酷な言葉の暴力を素直に受け止めてしまい、かなりショックを受けたのを覚えている。
その結果、二度と同じようなことを言われないよう、わざと遅く走るようになった。
習慣はそのまま残り続けて今に至る。
しかも、花火はご丁寧なことに、毎年体育祭が近づくと、同じような毒のこもった言葉を俺の耳に流し続け、俺が意識的に遅く走るよう仕向けてきたのだった。
今振り返ると、多分あいつは俺が自分より目立つのが許せなかったのだろう。
花火は「いつでも私が一番愛されていないと嫌なんですよぉ」としょっちゅう言っていたから。
別に目立ちたいわけじゃないけれど、かといって無理して日陰に隠れるような生活は、もう送りたくない。
俺は普通にしてたいだけだ。
よし。
手加減せず普通に走ろう。
「次の四人。位置について」
教師の指示で、スタート地点に向かう。
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