第7話 もう他人なのだと再認識させる

「遅かったですねえ? 私、ここで二時間もセンパイのこと待ってたんですよ」


 もったいぶった足取りと態度で、俺の前までやってくる。

 気味が悪いほどの笑顔を浮かべて。


「寄り道したらだめだって、ちゃんと教えてあったのに。どういうつもりで私の決めたルールを破ったんですかぁ? ――って、ちょっと! 無視して通り過ぎるとかありえないんですけど!?」


 俺の前に回り込んだ花火が通せんぼするように両手を広げる。

 やれやれ……。


「何?」

「何じゃないですよ! 私がわざわざ待っていてあげたんですよ!」


 そういえば花火はいつもこの調子で、恩着せがましい言い方をしてきた。

 それによって、こちら側に「してもらった」「申し訳ない」という感情を抱かせるのだ。


 花火の呪縛から逃れられた今はもう、申し訳ないなんて全然思わないけれど。

 だって、待っていてほしいなんて頼んでないし、それどころか俺は心底げんなりしている。


「ていうか、私、センパイのクラスメイトにも腹が立ってるんですよね。私に見捨てられたセンパイはぼっちになって、私のありがたみを思い知るはずだったのに……。なんなんですか……。センパイがあんなふうにチヤホヤされるのとか想定外すぎて許せない……」


 絶縁を宣言した後、送ってきたメッセージの中でも似たようなことを言っていたな。

 花火は、自分と離れたことで俺が不幸になることを望んでいたようだが、真逆の結果になり心底悔しそうにしている。


「そんなくだらないことを言うために二時間も待っていたのか?」

「くだらないこと!?」

「もう一度はっきり言うけれど、俺たちはもう他人だから。こういうことされても困る」

「……っ。それってつまり……本気で私と別れるつもりですか?」


 花火は笑顔のままだけれど、目が全く笑っていない。


「そう言ってる」

「私と別れたりしたら、センパイはまともに生きていけませんよ」

「花火といるほうが俺はまともじゃなかった」

「センパイってば可哀そう。今日一日、ちやほやされたぐらいで、身の程がわからなくなっちゃったんですねえ。そういうところがだめなんですよ、センパイは。見た目だけで価値を判断して近づいてくるような奴らなんて、カスに決まってるじゃないですか。それもわからないようなセンパイが、私なしでどうやって生きていくんです? こんなふうに言ってくれる人なんて、私以外他にはいませんよ。わかってます?」


 花火が俺の腕に指を絡めて、くっついてくる。

 そんな態度も、洗脳するような言葉も、今の俺には響かなかった。


 俺が今日一緒に過ごしたクラスメイトたちは花火が言うような人たちじゃなかったし、誰とどう付き合っていくか口を出される筋合いはない。


 だって、花火はもう俺の彼女じゃないんだから。


「センパイみたいな欠陥人間には、指示を出してくれる存在が必要なんですよ。ほら、はやく私に謝ったらどうです? センパイが空気の読めない行動で私をイラつかせることなんてしょっちゅうなんで、私も慣れてるんですよ。センパイのおかげで、おおらかな心で許すことを覚えられましたし。でもちゃんと真心を込めて謝って下さいね?」

「それは無理だよ。だって、花火と縁を切ったことを、俺は悪かったと思ってないから」

「……っ」

「今の話を聞いて、ますますその気持ちが強くなった。俺の人生に花火はいらない」

「……!!」


 花火は大きな目を見開いて固まった後、凶悪に顔を歪ませて引き攣ったような笑い声をあげた。


「あ、あはっ! ほんっっっと、むかつきます……。センパイみたいなわからず屋、こっちから振ってあげたいくらいです!」

「別れてるからそれは無理だと思う」

「私は許可してませんっっ!!」


 花火が髪を振り乱して、俺を睨みつけてくる。


「さんざん別れたがってたくせに、何言ってるんだ? ほら、もういいだろ。そこどいて」

「私本当に怒ってますから。――センパイ、覚えててくださいね?」


 花火は昼間、渡り廊下で俺に置き去りにされたことがよほど屈辱的だったのか、俺が立ち去ろうとする空気を出した途端、慌てて去っていった。

 もちろん俺は振り返ったりしない。


 ちなみに花火が言った「覚えててくださいね」という言葉は、秒で忘れてやった。

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