第6話 モラハラ女のしつこい襲来
「あ……! ごめんね、いきなり声を上げたりして。初めてしゃべってくれたから、びっくりしちゃった」
雪代さんにそう言われた直後、かつて花火が言っていた言葉が過った。
『私以外の他の女の子と二人きりで話したいって思ったこと、まさかないですよね? 万が一やらかす前に教えといてあげますけど、相手に迷惑がかかるので絶対やめたほうがいいですよ。 誰とも話せないかわいそうなセンパイの相手は、この優しい私がしてあげますから。いいですか、一生私だけですよ? わかりました、センパイ?』
花火に文句を言われるくらいなら、誰ともしゃべらないほうが楽でいい。
だから俺は花火がいてもいなくても、女子と二人で話す機会をひたすら避けてきた。
まあ、もう関係ない。
「俺、まったく馴染もうとしていなかったし、態度が悪くて嫌な思いをさせてたかも。ごめん」
反省しながら目を見て謝ると、なぜか雪代さんはますます真っ赤になってしまった。
え……?
「あの、どうかした?」
「あっ! ううん、なんでもない! それより、嫌な思いなんて全然してないから気にしないでね……! えっと、私、雪代史。よろしくね」
「こちらこそよろしく。でも、雪代さんの名前は知ってたよ」
「ほんと? うれしいな」
雪代さんがにこっと微笑む。
大ぶりの眼鏡の印象が強すぎて今まで気づかなかったけれど、よく見たら雪代さんはかなりかわいかった。
花火みたいにやたらと人目を集める派手な美少女というわけではないけれど、柔らかい雰囲気と素朴さが魅力的だ。
「一ノ瀬くん、髪を切ったら、いっきにクラス中から注目されちゃったね」
「あー。でもすぐみんな飽きると思う。珍獣みたいなもんだろうから」
「ええ、珍獣? 一ノ瀬くん、面白い」
雪代さんは口元に手を当てて、控えめな声でクスクス笑った。
花火との会話とは全然違う。
身構えることなく、自然体でいられる。
次に何を言われるのかと不安に感じたり、早く解放されたいと願うこともない。
というか、そもそも花火とのやり取りは、会話というより一方的に責められていることがほとんどだったしな。
「実は私、一ノ瀬くんとずっと話してみたかったんだ」
「え? どうして?」
「一ノ瀬くんって放課後、花瓶の水を入れ替えたり、ベランダのプランターに水を撒いたりしていたでしょ? それで優しい人だなあって思ったの」
「いや、それは……単なる暇つぶしだから。優しいとかじゃないよ」
花火の都合で放課後待たされているとき、手持無沙汰でやっていただけだ。
……って、雪代さん、俺が暖簾時代から、俺と話したいって思っていてくれたって言ったよな……。
俺、めちゃくちゃ根暗な外見してたのに……。
「でも今日、いろんな女の子が一ノ瀬くんかっこいいって大騒ぎしてるから、これからモテモテになっちゃうね……」
雪代さんの横顔はどことなく寂しげだ。どうしてそんな表情を見せるのかわからなくて、俺は首を傾げた。
◇◇◇
放課後は、本屋やゲームセンターやマックと、気ままに寄り道をして回った。
今どこにいるか、その都度、花火にメッセージを送る必要もない。
前はそんなことまで義務付けられていて、うっかり忘れようものなら、その後ネチネチと何時間も厭味たっぷりのラインが送られてきたものだ。
おかげで俺はラインの着信音が鳴るたび、心拍数が上がるようになってしまった。
でも多分、そんな恐怖心もそのうち薄れるだろう。
だってもう二度と、あいつは俺にメッセージを送ってこられないのだから。
あれこれ店を見て回っているうちに、気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。
家では母親が夕飯を作って待っている。
そろそろ帰るかと思い、最寄り駅に戻った。
今日は一日、とても充実していた。
寄り道もそうだし、学校生活自体も。
相原や雪代さんを含め、クラスメイトたちと話せるようになったことは、俺にとってかなり大きい。
学校って案外楽しい場所なのかもしれない。
今まで花火に言われるがまま狭い世界に閉じ込もり、花火以外の人と関わりを持たないできたことを心から後悔した。
でも、まだ遅くはないはずだ。
これから学校生活を満喫し、友だちを作っていけばいい。
こんなふうに思ったこと、小中高合わせて今まで一度もなかった。
俺が満たされた気持ちで鼻歌を歌いながら歩いていると、家の近所の公園の前に人影が見えた。
公園の門に寄り掛かっていたその人物は、俺に気づくとゆっくり体を起こした。
夕陽に照らされた長い髪がさらりと揺れる。
ノスタルジックな雰囲気の夕暮れ時――。
そんな背景も含めて、まるで美少女を描いた一枚絵のような光景だけれど、こんなものは偽りの美しさだ。
それを証明するかのように、目の前の人物は歪な微笑みを浮かべた。
ひねくれた心をそのまま表しているかのような笑い方だと思った。
「おかえりなさい、せ・ん・ぱ・い」
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