第5話 存在を無視するという攻撃
花火と校内で偶然遭遇した。
今までの俺はこういうとき、大概一人で行動していたけれど、今日はクラスメイトに囲まれている。
朝、髪型のことで会話を交わしたクラスメイトたちから「一緒に学食に行かないか?」と誘われたのだ。
常にボッチ飯だったから、驚いたなんてもんじゃない。
声を掛けられたのは素直にはうれしかったので、誘いをありがたく受けることにした。
「……いやーでも、一ノ瀬がここまで普通に話せるヤツだったとはな。こんなことなら、こっちからもっと早く声を掛けておけばよかったよ。悪かったな」
率先して誘ってくれた相原が言う。壁を作っていたのは俺のほうなのに、相原をはじめとするクラスメイトたちは申し訳なさそうな表情を見せた。
「俺こそ今まで絡みづらい空気出しててごめん。みんなと話せるようになってよかったよ。さっき声を掛けてくれたのもすごくうれしかったし」
「一ノ瀬……。おまえ、顔だけじゃなくて性格もいいんだな……」
「いやいや、顔も性格も普通だよ」
そう言って笑いかけたら、なぜか女子たちが「きゃっ!」と叫んで真っ赤になってしまった。
よく見たら女子だけでなく、男子たちも頬を赤らめている。
え? なんだろ、この反応。
「おい、一ノ瀬! おまえ国宝級の美形なんだから、そんな簡単に笑顔を振りまいたらだめだって……!」
「国宝級? あははっ、なにその冗談」
俺が声を出して笑うと、さっきよりもっと大きい声で女子たちがキャーキャー言い出した。
みんなの反応に首を傾げながら顔を上げたとき――、俺は渡り廊下の先に花火がいるのに気づいた。
花火のほうは先に俺を見つけていたらしく、腰に手を当てたポーズで二応立ちしている。
あれは俺にキレまくってる顔だ。
病室で伝えた別れ話か、着信拒否したことか、ラインを無視したことか、髪を切ったことか。
その全部が理由かは知らないけれど、腸が煮えくり返っているのだろう。
まあ、もう俺の知ったことじゃない。
そのままクラスメイトたちとともに、花火の前を通り過ぎようとしたとき――。
「ちょっと……!」
存在を無視されるなんて思ってもいなかったのか、露骨に取り乱した花火が慌てた声で呼び止めてくる。
学校ではしゃべらないっていう、花火自身が作ったルールを無視して――。
そんな花火を見て、隣にいた相原が「知り合い?」と問いかけてくる。
俺は相原から花火に視線を移し、そしてゆっくりと首を横に振った。
「いや、赤の他人」
顔から色をなくして息を呑んだ花火は、茫然と俺のことを見つめてきた。
両手できつく握り締めているスカートには、深い皺が寄っている。
縁を切ると伝えたことの意味を、今になってようやく理解したかのような反応だ。
俺にはもう関係ないけど。
そう思いながら、今度こそ花火の横を通り過ぎる。
花火が背後から突き刺すような視線を向けてきているのを感じたが、俺は一度も後ろを振り返らなかった。
そもそも花火の存在なんて、二、三歩歩いただけで忘れてしまった。
俺の頭の中は、クラスメイトたちと一緒にお昼を食べられるということでいっぱいだったのだ。
花火が付け入る余地なんて、まったくない。
◇◇◇
その日最後の授業は、数学教師の都合で自習になった。
みんな一応自分の席について配られたプリントを進めているものの、私語は絶えない。
ただ、俺の四方は大人しい生徒ばかりなので、自習時間の前半に集中してプリントを終わらせることができた。
残り十五分か。 結構余ったな。
何して過ごそうかと迷いながら周囲を見回すと、ちょうど隣の席の女子が鞄の中から文庫本を取り出すところだった。
彼女の名前は、
栗色のふわふわした髪を緩くみつあみにしていて、授業中だけ大きめの眼鏡をかけている。
スカート丈はクラスで唯一膝下で、他の生徒とはなんとなく違う感じがする。
どこか雰囲気のある子だ。
その時、窓から吹き込んだ初夏の風が、雪代さんの指先から栞を奪い取り、俺の足元まで吹き飛ばした。
「あ……」
消え入りそうな声で、雪代さんが言う。
こちらに向かって手を伸ばしていいものか迷っているのは、声の調子からわかった。
俺は身を屈めて栞を拾うと、雪代さんに差し出した。
「……ありがと」
「どういたしまして」
そう答えたら、なぜか雪代さんは頬を赤らめて「えっ」と声を上げた。
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