第4話 命令されて伸ばした前髪を切ったらイケメン認定された
翌日、数日ぶりに登校すると、俺を見たクラスメイト達が一斉にざわつきはじめた。
女子に至っては、ほとんど悲鳴に近い声を上げている。
「きゃっ……誰、あのイケメン……!?」
「えっ!? えっ!? 転校生!?」
「やあああっ、めちゃめちゃタイプなんだけどぉお!」
え?
イケメンだと騒いでいる女子たちは、明らかに俺の方を見ている。
きょろきょろと後ろを振り返るが、俺の周りには誰もいない。
まさか……俺のことを言ってる……?
俺が困惑しながら自分の席に着くと、近くの席の男子が明るい笑い声を上げた。
快活な雰囲気のその男子生徒は
「そんな驚いてるって、もしかして自分がイケメンだって自覚してなかったのか?」
相原が笑顔のまま俺に話しかけてくる。
相原は、いつも明るい相原は誰からも好かれる人気者で、いわゆる学園ヒエラルキーの頂点に位置している生徒だ。
自分がそんな男子に話しかけられたことにも驚きながら、俺は返事をした。
「イケメンって……そんなこと言われたの初めてだよ」
わけがわからないままそう答えると、相原から苦笑が返ってくる。
「だって昨日までは前髪で顔がまったく見えなかったからなあ」
「……それは、まあ、たしかに」
相原が人気者だからか、さっきの女の子たちも会話に参加しようと、俺の席の周りまでやってきた。
「まさかこのイケメンが一ノ瀬くんだったなんて! 別人みたいだよ!?」
「うんうん! 一ノ瀬くん、髪切ってすごくよくなったね!!」
「ほんと。うちのクラスにこんな原石が隠れていたなんて……!!」
女子たちは手を取り合ってはしゃいでいる。からかわれているのかと思ったけれど、誰一人バカにするような表情は浮かべていないので、そういうわけでもないらしい。
「なあ、一ノ瀬。どうして急にイメチェンしようと思ったんだ?」
相原が尋ねてくる。
「えーと……気分転換的な?」
まさか花火とのことを話すわけにもいかないので、無理矢理ごまかした。
「なるほど。俺もその髪型のほうが絶対いいと思うよ」
相原の言葉に女子たちが何度も頷く。
相変わらず戸惑う気持ちはあるが、態度や表情からみんなが誉めてくれていることは伝わってきた。
この新しい髪型が俺に合っていたってことなのか?
なんだか気恥ずかしい。
クラスメイトたちと会話ができている事実も、俺を動揺させていた。
だって、小、中、高合わせてもこんな経験初めてだ。
今までクラスメイトに対して勝手な苦手意識を持っていたが、そもそも俺がみんなから避けられていたのは、陰湿そうで清潔感のない髪型をしていたからで、間違いなく自分のせいだ。
そっか。俺が一般的な生徒と同じようになれば、みんな普通に接してくれるんだな。
「……あの、誉めてくれてありがとう。うれしかった」
照れながらそう言うと、なぜか女子たちはポーッとした顔になり静止してしまった。
え?
この反応はどういうことだろう?
「……一ノ瀬は色んな自覚が必要そうだな」
笑いを押し殺した相原が親げに肩を叩いてくるが、女子たちの反応と合わせていまいち意味がわからない。
花火以外の他者と接してこなかったせいで、俺は明らかにコミュ力が低い。
花火から自由になった今、俺だってちゃんとした友人がほしいし、もっと色々がんばらないといけない。そう改めて思った。
「これまでの殻に閉じ込もるような俺の態度がクラスの雰囲気を悪くしてたらごめん。今後はみんなともっと話したいと思ってるから、よかったら仲良くしてほしい」
勇気を出してそう伝えると、相原も女子たちも、もちろんだと笑ってくれた。
――あとから聞いたのだけれど、その日、俺の知らないところで『暖簾とあだ名されていた男子が、実は隠れイケメンだった』という噂が、学校中をあっという間に駆け巡ったらしい。
◇◇◇
俺は花火と中二の頃から付き合っていたけれど、そのことを誰か他の人間に話したことはない。
なぜなら花火に口止めされていたからだ。
「だってほら、私って誰もが認める美少女じゃないですかぁ? そんな私がセンパイと付き合ってるなんて、釣り合いがとれなさすぎで、大騒ぎになっちゃいますもん。私も趣味を疑われたくなんかないですし。ということで絶対誰にも言わないでくださいね?」
改めて振り返ると、花火から付き合おうと言い出したくせに意味不明すぎる。
そもそも付き合うことを強要してきた時の言葉だってありえないのだ。
「センパイってこの先一生死ぬまで彼女なんてできるわけないですよね。女の子が彼氏にしたいと思う要素ゼロっていうか、むしろマイナスのほうにメーター振り切ってますし。そんなセンパイがあまりに哀れなので、私が彼氏にしてあげますよ。何の取り得もないダメダメなセンパイのダメさ加減を許してあげられるのなんて、世界中で私だけですから。わかります? 付き合ってあげる私と、付き合ってもらうセンパイとは、まったく微塵も対等なんかじゃないんです。だから、センパイに断る権利なんてありませんから」
安定のモラハラ発言だ。
まったく、あの時、花火の圧に負けずにしっかり断わっておけばよかった。
付き合いを隠すという約束どおり、その後も花火は校内で俺の存在を無視し続けた。
たとえば廊下ですれ違うことがあっても、ツンと前を向いて無言で通り過ぎていく。
そういうときに俺から視線を逸らすと、なぜかあとになってめちゃくちゃ怒られるので、俺は花火を崇拝する他の生徒と同じように、一方的に彼女の後ろ姿を眺め続けるのだった。
でも、もうそんなことからも解放されたのだ。
その事実に気づいたのは、昼休みの後半に渡り廊下で偶然、花火と遭遇したからだった。
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