第2話 私に向かってこんな態度とっていいと思ってるんですかっ!?

『センパーイ、そろそろ解散するんで。駅前のサイゼまで、すぐお迎えに来てくださいね』

「はぁ……。またか……」


 その日、自分の部屋でのんびり宿題をしていた俺は、花火から届いたメッセージを見た瞬間、いっきに気が滅入るのを感じた。


 花火は最近、高校に入学してからできた友人たちと頻繁に遊びに出かけるようになったのだが、そのたびにこうやって迎えにこいとの連絡が入るのだった。


 花火の友人たちは明らかに俺のことを馬鹿にしていて、俺の姿を見るたびクスクス笑ったり、からかったりしてくる。


「あいつらと顔を合わせたくないな……」


 そう呟いた途端、胃がキリッと痛んだ。


 昔から花火に責められるたび胃痛に見舞われてきたが、ここ最近、確実に痛みが増している。

 花火とその友人たちの存在がストレスになっているのは明らかだ。


 いっそのこと迎えに行けないと言ってみようか。

 針で刺すような痛みの続く胃をさすりながら考える。


 ……断ったりしたら、花火から何時間厭味を言われるかわかったもんじゃないか……。


 そのほうが余計ストレスになりそうだ。


「それに、もう暗い時間だし……」


 駅から花火の家までの道のりは人通がかなり多いので安全ではあるものの、花火は子供の頃から暗がりが大の苦手で、一人きりにされたら必ずパニックを起こすのだ。


 その時、再びスマホにメッセージが届いた。


『言い忘れました。五分以内に来てくださいね。それ以上私を待たせたりしたら、おしおきですから!』

「五分って……」


 到底間に合う時間じゃない。でも遅れるほど花火の機嫌が悪くなるのは目に見えている。


 俺は重い溜め息を吐くと、着のみ着のままの状態で家を飛を出た。


 運が悪いことに外は雨。

 自分と花火の分の傘を小脇に狭んだ俺は、意を決して雨の中へ駆け出した。


 花火に呼び出されてこの道を走るのは何度目だろう……。


 俺の家から駅まではそこそこ離れていて、決して楽な道のりではない。


 それでも真面目に走り続け、なんとか十五分後にはサイゼの前に辿り着いた。


 着ているロンTは雨ですっかり濡れてしまった。

 四月の夜は冷え込み、体から熱がどんどん奪われていく。


 俺は震える手でスマホを取り出し、到着したとメッセージを送った。

 花火からの返信を見て、またため息が零れる。


『五分以内って言ったのに遅すぎません? おしおきされたいってことですよね? とりあえずそのまま待っててください』


 店内のほうを振り返ると、花火たちのいる席が視界に入ってきた。

 全員で俺を眺めていて、笑いながら何かを話している。

 彼らの表情からよくない話をされていることは察しがついた。

 今思えばこの時点で花火を捨て、さっさと帰るべきだった。


 いや、もっと言えば、これよりも前、花火が俺にひどいことをしたあの時や、あの時やあの時だって、花火を見限るのには十分すぎる理由があったのだ。

 しかし、四歳からずっと花火のモラハラを受けて心がおかしくなっていた俺は、まともな判断ができなくなっていた。そして、この時もいつものようにできるだけ波風を立てずに嵐が過ぎるのを待とうとしたのだった。


「待つにしても……ほんとに寒いな……。これ確実に風邪ひくだろ……。でもそれより胃が……。痛すぎて深く息が吸えないけど大丈夫かな……」


 はやく家に帰って胃薬を飲みたい……。


 信じられないことに花火たちが大笑いしながら出てきたのは、それから一時間後のことだった。


「ぶはははっ! マジで一時間待ってたよ! 待つほうに賭けて正解だったわ!!」

「てかなんか全身濡れてない!? キモすぎてウサるんですけどー!」

「やっば!! ちょっ笑い死ぬっ……!! 髪の簾がワカメ化してるとかっ……!」


 自分の友人たちが俺を馬鹿にしながら腹を抱えているのを見て、花火は満足そうな笑みを濃くした。


 こいつら俺で賭けをしてたのか……。


 でも、今の俺には怒る気力も残っていなかった。

 寒いし死ぬほど胃が痛い。


 息もまともに吸えなくなり、胃を押さえながらその場にしゃがみ込む。


 花火たちが何か言っているが一切耳に入ってこない。

 咳込み、濡れた地面に血を吐いた俺は、気絶する直前に思った。


 このまま花火を拒絶しなかったら、間違いなくストレスで死ぬ、と――……。


◇◇◇


 そんなふうに十日前の出来事を病室内で思い出していると、さっき追い出したはずの花火の喚き声が扉の向こうからした。


『センパイ! 今すぐ私に許しを乞うべきじゃないですかっ!?』


 扉を拳でドンドンと叩きながら吠えている。

 もちろんフル無視だ。


『センパイッッ!! 聞いてますよね!? なんのつもりなんです!? 私に向かってこんな態度とっていいと思ってるんですかっ!? どうなるかちゃんと考えたほうがいいですよ!」


 それはおまえのほうだ。

 ここは病室なのだから。

 俺が想像したとおり、すぐに看護師さんが駆けつけてきたらしく、花火を叱責する声が聞こえはじめた。


『何をしているんですか。ここは病院ですよ!』

『……っ、ご、ごめんなさい』


 慌てた花火が必死に弁解をしている。

 正直いい気味だ。

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