幼馴染彼女のモラハラがひどいんで絶縁宣言してやった

斧名田マニマニ

第1話 モラハラな幼馴染彼女を棄てることにした

颯馬そうま先輩、ほーんと使えないですよねえ。それで私の彼氏とかありえないんですけどぉ」

「わかった。じゃあもう別れよう」

「ひあっ……?」


 それまで自信満々に腕を組んで、上から目線で俺を馬鹿にし続けていた花火はなびの口元がヒクリと引き攣った。


 病室内に重苦しい空気が澱んでいく。


 花火から受け続けたモラハラのストレスによって胃に穴を開け、入院する羽目になった俺としては、さっさとこの状況を終らせたかった。

 まあ、俺のほうにはもう一斉迷いがないから、すぐに片が付くだろう。


「とにかく今日限り縁を切るってことで。花火だって別れたい的なことを頻繁に言ってたし問題ないよね」

「はああっ!?」


 俺のほうから別れ話を切り出されるなんて微塵も思っていなかったらしく、花火は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 それでも、ちゃんと可愛く見えるのだから、学園で一、二を争う美少女と呼ばれているだけのことはある。


 大きくて小動物のような瞳と、形のいい唇。

 少し下がり気味の眉。

 ニキビひとつない陶器のような肌。

 色素の薄いロングヘアー。

 華奢な体型と、そのわりに大きな胸。    

 何よりも、どれだけ大勢の中にいても人目を引く、華やかな雰囲気――。


 花火が廊下を通るとき、すれ違う男子生徒は必ず振り返る。

 花火は男子の理想を、そのまま絵に描いたような外見をしているのだ。


 とはいえ、俺はこの一個下の幼馴染如月きさらぎ花火が、容姿だけしか取り柄のない性格ブスであることを嫌というほど知っている。


「何言っちゃってるんですか、センパイ? 別れる? あははっ! そもそもセンパイに別れを切り出す権利なんてないんですよ。もっと自分の立場をわきまえてください。まったくなんで突然、調子に乗っちゃったんですか? ありえなすぎて殺したいほど腹が立ちます」


 こんな感じで、とんでもないモラハラ女なのだ。


 花火は俺が入院している病院までわざわざやって来て、「せんぱぁい、誰の許可を得て入院したんですかぁ? そもそも軟弱だから、胃に穴が空いたりするんですよ。内臓まで役立たずなんて、使えない男レベル極めるつもりですかぁ?」などと嘲笑うやつなのである。


 そのうえ、「入院しているなんて看護師に甘えたいだけですよね。今すぐ退院の手続を取ってくれます?」などと言い出した。

 さらに、追い打ちをかけるように飛び出したのが、冒頭のセリフである。


「だいたいセンパイの分際で、私を振っていいわけないじゃないですか! もしかしてこの私が彼氏にしてあげてるせいで、調子に乗っちゃった系ですか? かわいそうなセンパイの目を覚まさせてあげますけど、センパイみたいな役立たず、私以外相手をしてくれる人なんて絶対いませんから」

「たとえそうだとして、花火と付き合い続ける理由にはならない」

「なっ……!」

「よかったね。役立たずな彼氏から解放されて。話は終わりだよ。帰って」


 虫を追い払うようにしっしと手を振っても、花火はベッドの脇からどこうとしない。

 やれやれ……。

 ため息を吐いて立ち上がった俺は、花火の背中を押しながら扉の前へと向かった。


「ちょっとぉ!? なんなんですかぁ!? 離してください! 私はまだセンパイに言いたいことが……!!」

「俺のほうはない。それに花火の顔を見てると吐きそうになるから」

「失礼すぎるんですけど!! この私にそんな暴言を吐いていいと思ってるんですかっ!?」

「じゃあね。この瞬間から俺とおまえは赤の他人だ」

「ちょ、せんぱ――ッ」


 ぎゃあぎゃあ喚ている肩をとんと押し、花火が廊下に出たところで、病室のドアを閉めてやった。

 扉が閉まる直前、花火が見せた間抜けな顔を、俺は一生忘れないだろう。


 こうして俺の逆襲は見事に成功を果たしたのだった。


◇◇◇


 ――静かになった病室内。

 扉に寄りかかった俺は、深く息を吐き出した。


 これまで俺はどれだけひどい暴言を吐かれても、じっと我慢し続けてきた。

 俺が楯突いたりせずに謝っていれば、そのうち花火の機嫌が直り、すべて丸く収まると思っていたのだ。

 悔しい思いをしても、惨めで泣きたくなっても、とにかく耐えた。


 そんな俺を、花火は子供の頃からずっと好き勝手にサンドバッグ扱いしてきた。


 中学生になって、ほとんど強引に付き合うことを決められてからも、その態度は変わらなかった。

 むしろ悪化したぐらいだ。


 なぜそこまでして花火の傍にいたのか。


 それは花火によって、毎日自分の無価値さを刷り込まれていたせいで、まともな判断能力を失っていたからだ。

 モラハラやDVの被害者は、拘束されていなくても相手から逃げることができないというがあれは事実だ。


 たしかに俺は花火によって、監禁されていたわけじゃない。

 でも、花火の暴力的な発言の数々は、言葉の鎖となって、俺の心を縛り付けていたのだ。


『センパイってほんっと使えないですねえ』

『センパイを見てるだけでイライラするんで、とりあえず謝ってください』

『役立たずにもほどですよ』

『彼氏失格だって自覚あります?』

『別れないでいてあげるのは私の優しさですよぉ』


 ほとんど毎日聞かされてきて、麻痺しかけていたけれど、こんな言葉をぶつけられて黙っているなんて異常だった。

 代償として胃に穴が開くことにはなったけれど、完全に手遅れになる前に我に返れて本当によかった。


 これで、十三年に渡る花火との関係は終わりを迎えたのだ。

 もう俺は自由。

 花火のモラハラに支配されることはない。


 長年、肩に圧し掛かっていた重石が取れたかと思うとめちゃくちゃ気分がよかった。

 胃に穴が開くほどの思いをしたあの事件の時、花火を捨てると決断したのはやっぱり正しかったのだ。


 そう考えると、十日前ので気絶するほどの痛みに襲われたおかげともいえる。

 十日前、何があったかというと――。

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