エピローグ 手記を書き終える
私は、協力者を車で送ったあと、自宅に戻った。
もう待つべきものいない、私一人が住む家へと
そして、自分が書いた手記をネットに送信した。
すべては終わった。
いずれ、私がやったことは組織にばれるだろう。
逃げるか? それとも、組織に処罰されるか?
どちらも私にとってはかわらない。
この虚しさを抱いて生きているのは、私にとって死と同じ意味を持つからだ。
私がソファーに座り、ただ空虚に時を過ごしていると、鍵をかけたはずの玄関が開く音が聞こえ、一人の男が姿を現した。
私の上司だった。
その手には拳銃が握られている。
「やってくれたね」
「なんのことでしょうか?」
「睦月影夫、お前、組織を裏切っただろ?」
「さて、どうでしょう?」
私は首を傾げた。
「……そうか。実験体9号はどこにいる? どうなった?」
「それは、私にはわかりかねます」
「……」
「お前はこれまで組織に貢献してきた。なら、わかっていることを全て話せ、そうすれば助けてやる」
「……そういう考えもあるのですね」
私は曖昧に答えた。
だが……
「やはりダメか」
ため息とともにサイレンサー付きの銃が火を噴き、私は胸に凄まじい衝撃を受けた。
「影夫、お前自身は気づいていなかったかもしれないが、お前の話し方に癖がある。尋ねられた時、回答を濁そうとしても、本当にわからないのなら『わからない』、尋ねた内容が正しいのなら『どうでしょうか?』、間違っている、拒否するのなら『そういう考えたこともある』と答えるんだよ。つまり、お前は組織を裏切り、8号をどこかにやったが、その結末は知らない。そして、その経緯を組織に話す気がないということだ」
私はうずくまり、上司の言葉を聞いていた。
「本来なら、魂喰らいのところへ行けばいいが、奴と交流のあるお前を喰らっても、正直に教えてくれない場合もある。まあ、どうせ8号もそれほど長くは生きられない。ここは組織を裏切ったものの見せしめだけで手打ちとするか」
上司の言葉を聞いてももう反論する力もなかった。
遠からず、私は死ぬだろう。
私は少し前の記憶を思い出す。
ユキを弔うために呼んだ死体修復者に私は尋ねた。
****
「君はこのような仕事を生業としている以上、生と死については持論があると思うが……、人の生と死についてどう思うかな? 一流の人間ならともかく、不幸で愚かな人間が、周りからいい様に扱われて、何を為すこともなく死んでいく。その生にも何か意味があるのだろうか?」
****
それはユキの人生の事であり、私の人生の事であった。
ユキは不幸で愚かな女であった。
実験体と生を受け、私のような男に育てられてしまった。
薬を飲み忘れてしまたっため、母親を自ら殺してしまった。
そして私はただ愚かな男であった。
家族となったのに、壁をつくり、相手から向けられた愛情に気づくことすらできなかった。
そして、ユキを幸せにできなかったのだ。
あの時、死体修復者が語った言葉を思い出しながら、私の意識は消えて……いく……
不幸で愚かな女~或る男の独白~ 水無月冬弥 @toya_minazuki
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