第18話 体力測定②
体育館に集まったのは一体何クラスだろう。
まだ体力測定が始まっていないため、一学年のほとんどが集まっていそうな体育館は喧騒に満ちている。最初の内は各クラスごとでまとまってたいたはずなのだが、体育館に人が集まり始めると他クラスに友達のいる人たちからクラスのまとまりは瓦解していった。
さっきまで一年三組でまとまっていた場所に残り続ける、おれと相浦、南条と伏見。結局なぜか、南条、伏見の二人と近い距離にいる。
今更だが、ジャージ姿の南条を見る機会は中々ない。体育の授業は男女で別々だし、男女一緒に授業を受けるわけでもない。学校指定のジャージは無地の単色。どこにでもある一般的な学校ジャージなのだが、どこかお洒落に見える。
ジャージを纏う南条と言う素材が良いからだろう。地雷メイクにジャージのだぼっとした感じがマッチしている。
そして事実、南条は人目を引いている。
声を掛けてくる人はいないけど、体育館に入って来た人たちから確実に南条は二度見を受ける。加えて、南条の近くにいるおれや相浦、伏見まで視線を受ける始末だ。
「南条、やっぱりおまえは目立つな」
そんな視線に耐えかねたのか、相浦が口にする。
「わたし、人気者かも?」
「違うでしょ」
「違うと思う」
「人気者じゃないの?」
「人気者はああいう奴のことを言うんだ」
そう言って指で示した方向にいたのは高橋悠斗と矢吹奨吾のコンビだった。
高橋と矢吹は三組の男子では中心的な二人だ。運動部ヒエラルキーのトップとも言えるサッカー部・野球部に所属し、他クラスにも多くの友達がいるのだろう。一団を築きあげる二人の周りには三組のクラスメイトともいれば、全く知らない人もいる。
「人気者の秘訣、訊いたら教えてくれるかな」
「いいやダメだ。ああいう奴らと関わったところで、得られるものはない」
「相浦くん、言い過ぎじゃ……?」
「伏見。君ならよく分かるだろ」
———それは遠回しに伏見を陰キャだと言ってるのか?
「誰にでも得手不得手はあるからさ。性格の代わりに頭が良い相浦なんて良い例でしょ」
「性格がダメみたいな言い方だな」
「……そう、言ってるんじゃないかな?」
「何だと?」
「冗談」
喧騒に包まれる体育館に一限目の始まりを告げる予鈴が鳴り響く。同時にスピーカーか起動し、マイクを持った体育教師がクラスごとに並び直すよう声を響かせた。
百を優に越す人数が一同に体育館に集まっているわけなので、先生の指示を聞いてすぐに動かない人たちは結構いる。同調圧力的な、周りが動かないから自分たちも動かないという考えなのだろう。
マイクを持つ体育教師だけでなく、壁際に立っていた先生たちが早く並ぶように促し始める。それでやっと動き始め、クラスごとに大まかに分かれた。
全部で六クラス。
体育館には一組から六組の生徒が集まっていた。
マイクを持った体育教師が、クラスごとに行う種目の順序を再確認しつつ、規定の場所へクラス全員で移動を始める。
三組の体力測定最初の種目は握力・身長・体重だ。種目という言い方は微妙に違うんじゃないかと思いながら、各自二人一組で三つの中から好きな順番で測っていく。
とは言っても、身長と体重に関しては先生が測る。そのため、測る場所が三か所しかない。列が出来るのは必然で最初の内から並んでいた方が効率的だろう。握力計は結構な数あるし。
「身長から測ろ」
「僕は何からでもいい」
答えてくれたのは相浦だけだったが、一応南条と伏見にも向けたつもりだった。男女別々ではあるが、結局それは測定する二人組に関してだけだ。こうしてクラス全体で動いているので、測る時に並ぶ列とかは男女混合だ。
一緒に動いたところで何かあるわけじゃない。
気付いてくれた伏見が南条を連れ、おれと相浦の後ろに並んだ。前々から感じていたことだが、南条と伏見が並んでいるとその身長差が際立つ。
ジャージを着ていると言うより、ジャージに着られている伏見は袖から手が出ていない。世間一般的には萌え袖と呼ばれるものなのだろうが、伏見の場合は単純にジャージが大きすぎるだけだ。もう少し小さいサイズのものは無かったのか。
伏見が袖を捲り始める。
大きいと言う自覚あるみたいだ。
「そのジャージ大きすぎるんじゃない?」
「う、うん。でも、大きいの買っておかないと、身長が伸びた時、着れなくなっちゃうから」
いやまぁ、そうなんだろうけどさ。
そういうのは今の自分のサイズの一つ上のものを選ぶ。しかし伏見の場合、二つくらいサイズが大きそうだ。ジャージのズボンを履いたら絶対に裾を踏んで歩くことになる。
「ジャージのサイズはいくつだ?」
相浦の問い掛けには、未だおっかなびっくり伏見は答える。
「え、Lです」
「そうなると身長に換算すれば百七十から百八十くらいか。伏見、君の背は百五十あるのか……?」
「あっ、ありますよ!百五十……一くらいは」
自分でも身長の低さについて思うところがあるのか。伏見にしてはかなり強めに否定した。百五十一くらいと自信無さげではあったが。
「どちらにしろ、高校の三年間でニ十センチも伸びないだろ」
「でっでも、伸びるかも、しれないじゃないですか」
期待のこもった眼差しを身長計に向ける伏見にも、相浦は容赦ない言葉をぶつけそうだった。だから、相浦は口を開きかけたところで、おれは言葉を被せる。
「南条さんは背高いよね」
何だか、ここ最近で話題をすり替える力が見についたんじゃないかと思う。相浦の言動には常日頃から気を遣わされるし、誰かと誰かの間を取り持つことも多々あった。
「お母さんもお父さんも背高いから。遺伝」
「それはあるだろうな。身体的な特徴は親の遺伝が大きいはずだ」
「わたしの親、背は低くないと思う……」
伏見がぼそっとこぼす。
「何事にも例外は存在する」
有無を言わさない相浦の言葉には伏見も頷くしかなかった。
「どっちが大きいか測ってみよ」
「少し待てば正確に分かると思うんだけど」
今から身長を測るわけなので測った数値を比較すればいい。それなのに、南条は背中を合わせて来ようとしてくる。無理に拒みはしないけど、人目がある中なので緊張する。
「遠坂、顎を上げろ。頭も合わせろ」
「細かいな……」
「こういうのは少しのズレも許されないんだ」
———そんな真剣にならなくても。目算の時点でズレは出るだろ。
謎の几帳面さを出した相浦が、背を合わせあったおれと南条の身長を見比べる。
今までで一番近くに南条を感じる。
女子と背中をくっつけるなんて初めてだ。無意識に密着する背中の面積を最小限にしようとしてしまうのは、おれが健全な年頃の男子だからだろう。
しかし、そんな遠慮は相浦からすると正確に見比べる際の邪魔にしかならなかった。意図的に作っていた南条との背中の隙間を無くされ、顎を上げさせられたことで南条の後頭部にも触れてしまう。
人の気も知らず、終始神妙な面持ちのまま相浦は身長を見比べていた。
「遠坂の方が一、二センチ高いな」
「……負けた」
「南条さんは十分高いよ……?」
何故か身長で競っていたらしい南条に伏見がフォローを入れる。
だが、正確な身長差はもう分かる。身長比べをしている間に順番が回ってきてしまった。次の人、と急かされるので、おれから最初に測らせてもらう。
ジャージを脱いでから体重計に乗り、先生の指示に従って身長計に移る。後ろ足と背中を密着させ、顎を引く。少し胸を前に出すことで身長が伸びるような気がする。
意識的にそんなことをしてしまう辺り、やはりおれも身長に関しては気にしているのだろう。身長は南条と同じくらいだと思っていたから、相浦が数センチだけおれの方が高いと言った時は内心安堵もしていた。
おれ、相浦、伏見、南条の順で身長・体重の計測を終える。伏見と南条は少しでも背を伸ばそうとして、二人とも先生に注意されていた。
「百六十九と六十。平均より少し体重が低いが、許容範囲内か」
六十キロ。
相浦はおれよりも体重は重いみたいだ。
でもそれは、ジャージを掛ける相浦の腕を見れば納得がいく。相浦の腕は筋肉質だ。スポーツをしているだけではこうはならない、日々の筋トレの成果だ。
「身長、いくつだった?」
測り終えてすぐ、南条が訊いてくる。
「百七十一」
「……負けた。百七十」
———だから、そんなに落ち込まなくても。
落ち込む南条とは打って変わって、測り終えてから顔がほころぶ伏見に声を掛けてみる。
「身長、伸びてた?」
「はっはい!百五十三センチで、三センチも伸びてましたっ!」
「それは良かったね」
さっき百五十一あるとか言ってたような……。
まぁ一センチ見栄を張ったくらい、ご愛嬌ということで。
「体重は?」
「えっそこも?」
「わたしは五っ」
「体重はダメだよっ!」
自然な口ぶりで自分の体重を公表しかけた南条の口を伏見が必死に塞いだため、事なきを得た。五、とは聞こえてしまったけど、聞こえなかったと言うことにしておく。
それにしても、南条さんは性別に壁が無いとでも言えばいいのか。自ら男子相手に体重を言おうとするし、背中を密着させても平然としてるし、間接的なあれも気にしない。
本当に南条は変わっている。
そんな部分が危なっかしくもある。誰かが見ていないと変に突っ走ったり、変なことをしでかしたりしそうだ。
でもきっと、それは今までエメが防いできたのだろう。エメの苦労が知れるような。今はおれが南条のことを見守らないと。
でも、そんなことを思うおれは、
———ちょっと気持ち悪いか………?
南条さんは変わっている @Winter86
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