第17話 体力測定①
年に一回。
それも年の始まりに行われる体力測定を好む人はいるのだろうか。
中学の時は体育の授業を使って、何週に分けて行われていた。しかし、高校だからか、それとも舞堵高校だからなのか、体力測定は一限から四限を使い、一学年全体で行う。
何だか大掛かりな感じで、体力測定なのに行事みたいだ。今朝の登校も、ジャージ登校だった。
「三組は最初、体育館へ移動します。そこで握力、身長、体重、上体起し、長座体前屈、反復横跳び。その後、視聴覚室で聴力と視力の検査で、最後に校庭でハンドボール投げ、立ち幅跳び、五十メートル走、持久走。今言った種目順で測定するからね」
一学年全体で体力測定をするため、種目順はクラス別々だろう。一番面倒くさい持久走が最後にあるのは運が悪いとしか言いようがない。一限から四限にかけて体力測定をしているわけなので、最後の種目は少なからず疲労した状態で持久走を走ることになる。
体力はある方じゃない。
きっと平均的な同年代の男子より、体力は劣っているんじゃないかとも思う。
「種目の測定は二人一組になって行うから、今からでも作っておいて」
そこは中学の時と変わらない。
一人が種目を行い、もう一人が計測する。
こういうのは友達が一人もいないときつい場面だ。前の体育の授業でも二人一組を作らされた。幸いにもおれには相浦がいる。そして相浦もおれ以外に組む相手がいない。
南条はどうなのだろうか。
このクラスに女子の友達はいるのだろうか。
土曜日に伏見と連絡先を交換していたが、これと言って二人が教室内で話しているところは見掛けない。藤宮とも余り話をしている感じはない。
そもそも、南条は基本的に一人だ。
授業の合間にある十分の休憩時間も席に着いたままだ。かく言うもおれも相浦の席に行って、わざわざ話をしようとはしない。
そして昼食になれば南条はエメたちの所へ行ってしまう。
———もしかしなくとも、南条には女子の友達がいないのでは。
少し心配だ。
エメたちがいるにしても自分のクラスに同性の友達がいないのは、こういった二人一組を作る時に支障をきたす。
自分には誰にも取られることのない相浦がいるので、二人一組を作れと言われても余裕綽々だ。だからこうして、
周りがざわつき始める中、物理学の教科書に目を落とす相浦を見て安心するおれの肩を誰かが叩いた。誰かとは言ったものの、この位置でおれの左肩を叩けるのは後ろの席に座る南条しかいない。
「どうしたの?」
最近になって、ようやく南条は肩を叩いてから用件を伝えて来るようになった。
「……………南条さん?」
「どうしたの」と相槌を打ったにも関わらず、真顔でじっと見つめてくるだけで、南条は一言も喋らない。向こうはずっと見つめてくるが、おれは視線を彷徨わす。南条のことを見つめ返し続けるなんて出来るわけない。
彷徨わせるおれの視線に南条の視線が追尾してくる。無理矢理、目を合わせようとして来ていることはすぐに分かるし、物言いたげな視線ではないかとだんだん感じてくる。
「遠坂君、いっ」
「言わなくても分かると思うけど、体力測定は男女別々だからね」
本当に言われなくても分かることを稲瀬先生は言う。
しかし、南条は驚くようにして小さく口を開けたまま固まってしまった。
―——おれと組もうとしたのか……?
いや、そんなことあるか?
中学の時に体力測定はしているはずで、その時も男女別で種目は行っただろう。それに測定した数値を書き込む紙には身長や体重も書かれる。交互に測定するため、組んだ相手には必ず見られてしまう。
男女混合なわけがない。
「南条さん、組む人いる……?」
「……今、いなくなった」
南条の瞳にハイライトが無くなり、目元に影が落ちる。
そこまで落ち込む必要はないのではないか。南条が声を掛ければ組んでくれる相手は見つかりそうだとは思う。しかし、南条自身、人とのコミュニケーションは得意じゃないのだろう。言葉を交わしているから余計そう感じるし、エメや阿澄のように自分からグイグイ行くタイプでもない。
これはおれが「いっしょに組もう」と言って解決出来る問題じゃない。
解決出来るとすれば、おれの人脈だと一人しかいない。南条をこのままにしておけば、石化して崩れ去ってしまいそうだ。
スマホを取り出し、メッセージアプリを開く。保存されている連絡先は大した量でもないので、目当ての連絡先は簡単に見つけられた。伏見と表示されたアイコンをタップし、メッセージか電話かの選択を迫られる。
———伏見は………本を読んでるな……
伏見はよく本を読んでいる。
前々から何を呼んでいるのか気になりはしていたが、今日のやつはブックカバーで隠されていても分かるくらい漫画の形状をしている。土曜日に買った漫画でも読んでいるのだろうか。
———そんなことはどうでもよくてだな。
スマホを弄っているのなら、メッセージでもすぐ気付いてくれる。だが、そうでないとなるとメッセージだと気付いてくれない可能性がある。ここは迷ってなんていられない。
おれは伏見に電話を掛けた。
でもどのみち、その方が良かったのかもしれない。頼み事をするわけなので、メッセージではなく自分の言葉でしっかり伝えた方がいい。
電話を掛けてすぐ、伏見に動きが見られた。
本を閉じ、スカートのポケットからスマホを取り出す。明らかに動揺している伏見だが、当然のことだろう。席が離れているくらいで、普通電話なんて掛けたりしない。
ただ、こちらは急を要する。
それにおれと伏見は直接会話出来る距離じゃない。歩いて伏見の下まで向かわないと言葉は交わせない。
———どうして電話を!?
着信を受け続けるスマホを小さく掲げ、伏見は訴えてくる。
———電話に出て。
おれも着信を続けるスマホを指差し、訴え返す。
全然納得のいっていない表情の伏見だが、それでも電話に出てくれた。
『な、なんです……電話なんて……』
『いやごめん。急を要する話があって。体力測定の二人一組、もう誰かと組んでる?』
『い、いえ。わたしは余りものだから………』
———そ、そんな卑下しなくても。
聞いたこっちが悪いことをしたみたいだし、気を遣ってしまうじゃないか。
『それ、ならさ。南条と組まない?』
『無理です無理ですっ。わたしなんかと組みたい人なんて……』
『大丈夫だって。南条と連絡先交換したでしょ』
『そっ、それは』
『連絡先交換したってことはもう友達だよ』
『いやいや意味分かりませんよっ』
これでは埒が明かない。
おれも自分に自信がある人間じゃないが、伏見の自分への自信のなさは皆無といって言い。このまま押し問答を繰り返したところで伏見は頷いてはくれないだろう。
覚悟を決めるしかない。
おれも、伏見も。
一度スマホを遠ざけ、石化しかけていた南条に声を掛ける。
「南条さん、伏見が一緒に組みたいって」
伏見の意見は全力で無視させてもらう。
慌てふためき、頭を横に振る伏見とは対照的に、真っ暗な影が落ちていた南条の表情に微かな光が差し込む。それは窓から日の光が差し込んだとか言う物理的な話ではなく、おれがそう感じただけだ。
「ほんとに……?」
「ほんと」
———頼んだぞ!
―——無理ですよぉ。
こういうのは流れに身を任せるしかない。
何をしたってなるようにしかならないのだから。
伏見と電話の繋がったスマホを南条に手渡し、二人が言葉を交わし始める。
「組んでくれるの?」
「話してなかったから」
「でも、連絡先は交換してる」
「うん。よろしく」
伏見の声は聴こえない。
南条の応答から会話を推測しようにも、言葉足らず感の否めない応答からでは推測しようにも出来ない。
電話を切り、南条がスマホを返す。
離れた席で頭を抱える伏見には悪いことをしてしまっただろうか。
いやでも、南条にも伏見にも友達を作って欲しい。相浦くらいしか真面に友達と呼べる男子のいないおれが言うのも何だが、「余りもの」と卑下する伏見のことは放っておけない。
クラス内に一人、気軽に話し掛けられる友達がいるだけで学校生活は変わってくるはずだ。
ひとまず、おれは出来るだけのことはやった。後は二人の関係が、この体力測定を通じて深まってくれることを願うしかない。と言っても、クラス全体で体力測定は行うから、逐一フォローは入れていくつもりだ。
安心からか、ぽわぽわした温かい空気を発し始めた南条に目を向ける。
やはり、伏見のためにもフォローは必要だと再確認。そうでないと、伏見は南条の言動に振り回されっぱなしになりそうな気がしてならない。きっと持久走まで伏見の体力は持たずに終わる。
でも結局のところ、伏見の頑張りが重要だ。
今日の体力測定は南条と伏見の関係が進展する機会になればいい。もうぶっちゃけ、体力測定とかどうでもいいんじゃないか。どうせ成績には入らない。
そんなことを思うものの、適当出来ないのがおれの性分なのだろうが。
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