第16話 もう一人の偶然
私は男が嫌いだ。
好きになれない。異性として好きになるならないとかじゃなくて、単純に話したりするのも嫌いだ。だから、私は男子が近づいて来ないような友達を作る。
高校に進学して、エメたちと出会えたのは幸運だった。エメも、せなも、あやも、皆男遊びをするような女子でもない。でも、そんな風に考える自分も少し嫌いだ。私がエメたちを利用しているみたいで。いや、実際利用してしまっているのだから。
エスカレーターで上階へ向かう最中、ガラスに反射した自分 が目に映る。
度の入ったサングラスを掛け、キャップを深く被った姿には自分でも近寄り難い雰囲気を感じる。黒いマスクをとも思ったが、家で確認して、流石に不審者過ぎた。男が近寄って来ないようにしているだけで、不審者になりたいわけじゃない。
同年代っぽい制服姿の男たちが、私の乗るエスカレーターの前で道を塞ぎながら話に花を咲かせている。その中にチラチラこっちを見てくる男がいたので、サングラス越しの上目で睨み返してやった。
そうすれば、すぐにそっぽを向く。
別に私に目を向けて来た男子が嫌な奴だと断定するつもりはない。男が全員、最低のクズ野郎だとも思わない。良い人だって、世の中にはいるだろう。でもそれは私が男を嫌う理由を否定する素材には成り得ない。
したがって私のスマホに男の連絡先が保存されていることも、ただ保存されているだけでという事象があるだけで、男と関わりを持ったという事実にはならない。
林間学校の実行委員会の集まりで出会った遠坂秦希という男子と私は連絡先を交換した。
あやとエメは中学からの友達で、私もせなとは中学からの友達だ。エメとせなとは同じクラスだが、あやだけはクラスが違う。せなはエメと似ていて誰とでもすぐに仲良くなってしまう。だから、エメが初めてあやを連れて来た日、せなはその日の内にあやと仲良くなってしまった。
私も仲良く鳴ろうと積極的に話し掛けたけど、あやは大分変った人だった。もちろん、見た目もそうだが、中身も不思議に満ちている。
そのせいであやには友達と呼べる人がエメくらいしかいないらしい。中学時代から付き合いのあるエメが言っていたことで、実際にあやと言葉を交わしてその変わり様を身を持って体験した。その上で言えるのは、あやは私の友達だと言うことだ。
そして、そんなあやが自分のクラスで友達を作った。
過保護なまでにあやを大切にするエメだから、委員会の日に品定めするような目を遠坂に向けていたことにも気付いている。私もそれに倣って『人畜無害そう』という評価を下したのだから。
上から目線にはなるけど、遠坂秦希は南条の友達として認められた。私はあの時、そう感じたし、そう解釈した。私が遠坂と連絡先を交換した理由も、エメが南条の友達として大丈夫そうだと認めたからだ。
私も『人畜無害』の言葉通りの印象を遠坂には持っている。分かりやすく言えば、遠坂は女子と話すような男子には全く見えなかった。そんな遠坂が一体どうやって、あやに友達と言わせるまでに至ったのか。謎だし、気になる。
「本屋って何階だっけ?」
「六階に、あるよ」
エスカレーターで地下から地上へと出て来た直後だった。
———遠坂………?
すれ違っただけで顔はろくに見てなかった。
それでも今の声が遠坂のものだということはすぐに分かった。加えて、すれ違った遠坂の隣に小さな中学生くらいの女の子がいたような。
すぐに振り返るが、エスカレーターを上っていく足が見えただけだった。
※ ※ ※
私は今、本棚を背にして二人を観察している。
二人と言うのは遠坂と中学生くらいの女の子で、新刊の漫画ブースで並んで立っている。
何を思ったか、出入口付近ですれ違ったあの二人を私は追い掛けてしまった。何故そんなことをしているのかなんて私にも分からない。気になってしまったとしか言えない。
男を気になるなんて、我ながらアホらしいが。
そしてそんなアホらしい私と同じくらいアホらしい人物がもう一人いる。
新刊の漫画ブースに立つ二人と、その二人に視線を飛ばしてるであろう全身真っ黒な人。見ているだけならまだしも、本棚に隠れ、膝を抱えてしゃがみながら盗み見ている。
———あや……何してるのよ……
いや、きっと私同様にあの二人を観察しているのだろう。同じことをしている身なので、余りとやかく言うつもりはないが、今のあやは私より不審者だ。
膝を抱えてしゃがんでいるのも意味分からない。邪魔になったりして、店員に怒られなければいいけど。
二人を観察しつつ、あやの心配もする。
私は本当に何をしているのだろうか。
まぁともかく、遠坂だ。あれは遠坂だった。隣にいる女の子は妹だろうか。あまり顔は似てなかったけど、兄と妹では性別が違うのでそんなものなのかもしれない。
一人っ子の私にはよく分からない。
新刊の漫画の前に並んで動かない二人だったが、遠坂が離れる。文庫本の置かれる棚の方へ遠坂が歩いていくと、女の子(遠坂妹)は漫画を手に取り始めた。
———バトルもの………
可愛らしい見た目からして、少女漫画とか読みそうだなと勝手に決めつけていた。だから、そんなバトルものの漫画を手に取るとは思わず、目を凝らしてしまう。
あの作品……微エロ展開があると、せなが言っていたような……
ま、まぁ好みは人それぞれだ。
せなだって大の漫画好きだし、五条悟みたいな彼氏が欲しいと残念な夢を語るオタク気質な一面もある。
あの子が、バトルありエロありの青年向け漫画を読んでいても、何らおかしい話じゃない。ひとまずそう思うことにして、文庫本の棚へ向かう遠坂を追い始めたあやを、私は追い掛ける。
それにしても、あやの尾行は端から見ると不自然極まりない。遠坂からは見られないよう行動しているつもりなのだろうが、あやの尾行は遠坂以外の人目があることを全く考慮していない。
だから余計、動きが不審者に見えてしまう。
しばらく歩いていた遠坂が、とある文庫本棚の前で足を止めた。目当ての本でもあったのか。
注意深く盗み見ていると何やら動き出したあやが視界に入る。と言うか、あやが遠坂に近付いている。どうやら尾行するのをやめたらしい。
相変わらず距離感が近い。
耳元で声を掛けたようで、遠坂の身体が大きく上下した。本屋だからか声を上げなかったみたいだけど、代わりに全身を使って驚きを表していて少し面白かった。
何やら言葉を交わし合う二人だが、若干あやの表情が曇っている。機嫌を損ねるようなことを、あの人畜無害そうな遠坂が言ったのだろうか。でも、所詮遠坂も男だ。
スマホを見た遠坂があやに一言。それを聞いたあやが頷くと、二人は文庫本の棚を離れる。さっきいた所へ戻っているみたいだ。
付かず離れずの距離感で私も尾行し、到着したのは女の子の下だった。しかも、かなり大きな紙バックを手に提げている。ここは本屋なので本を買ったのは当然として、かなりの量を買っていると見える。
遠坂が連れて戻ったあやを見て、女の子は分かりやすくたじろぐ。流石に南条の容姿は中学生、下手をすれば小学生にも見える女の子には怖く映るだろう。
たじたじになりながら、スマホを取り出した女の子の頭をあやが撫で始める。
———いや、なぜ………?
分からない。会話は全く聞こえないので、なぜあやが女の子の頭を撫でたのか。その経緯を推測することも出来ない。
ただ、あの女の子が遠坂の妹だとすれば、あやと遠坂は既に家族ぐるみの仲であると言うことなのか。今、あの場に飛び出して遠坂に問い詰めたい気持ちはある。しかし、私から男子に関わりに行くつもりはない。
気になるが、あやが女の子の頭を撫でる光景を見届けるだけにしておく。
あやに撫でられ、たじたじから硬直に変わる女の子の手助けをしたのだろう。遠坂があやの手をそっと握って、撫でる頭から離す。
そしてあれは……連絡先でも交換したのか。QRコードを読み取るようなスマホのかざし方だった。
———でもなぜ、遠坂の妹と……
分からないことだらけのまま、六階に到着したエレベーターに三人は乗り込んでしまった。三人の乗るエレベーターまで追うことは出来ないため、私の尾行はここで終わった。
それから数日が経って今に至る。
係の仕事を頼まれたエメが断れず、昼休みを返上してプリント綴じの作業に二人で勤しんでいる。
あやを一番よく知るエメと二人きりになれたので、土曜日の出来事を話す絶好の機会だった。あや本人がいる前だと、尾行してたことについては何となく話しづらい。せなもせなで、口が固いわけじゃないし。
話すとするなら、エメと二人の時だけしかなかった。
「で、話はそんな感じ」
つらつらと土曜日にあった出来事を語り終え、エメの顔を窺う。別に何か知りたいことがあったわけじゃないけど、エメのその表情は一体………。
「かほっ、男嫌い治ったの!?」
突拍子もないエメの言葉には理解が追いつかない。
「どうしてそうなるの」
辛うじて今の話をエメがちゃんと理解してないんだと、私は理解した。
「だってトーサカのこと、気になるって」
「異性としてなわけないでしょ。あり得ないわよ」
思いっきり、嘘偽りなく否定してしまうが、それくらいしないとエメは分かってくれそうにない。
「今のトーサカが聞いてなくてよかった」
おかしな心配をするエメはさらに続ける。
「でも、気になるね。トーサカに妹がいるのかどうか」
連絡先は知ってることだし、遠坂なら聞いたら答えてくれそうではある。
「かほ、今トーサカに聞いてみてよ」
「何で私が……」
「うち、まだ終わってないから」
綴じ切れていないブリントの束を掲げて示すエメに、私はため息を吐いて答える。
「嫌よ」
「かほ、トーサカはうちらの友達だよ」
その一言は、優しくもありながら曲がらない意思を感じさせられる。
そうだった。
エメはこういう人だった。
自分から男に関わりに行くなんてと思いながら、スマホを取り出してメッセージアプリを開く。
友達を知るためであって、それ以外何ら意図も意味もない。心のなかでそう唱え、『あなた妹いる?』と短いメッセージを送った。昼休みということもあり、メッセージへの既読はすぐに付いた。そして返事もすぐに返ってきた。
『いないよ。急にどうしたの?』
『何でもない。忘れて』
私もすぐに話を切り上げるメッセージを送る。それを見ていたエメと私は顔を見合わせた。
「じゃあ、誰?」
エメが口にしていなければ、きっと私がしていただろう。謎は深まるばかりだ。
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