第12話 晴れ時々曇り
雨上がりは天気が良くなる。
それって当然なような気もする。雨という天気が良くないのを前提としているから、止んだ後に曇ろうが晴れようが「天気は良い」ということになる。
まぁそんなひねくれた考えはどうでもよくて。
雨上がりは天気が良くなることから、どんな悪い状況も長くは続かず次第に好転する。そんな意味を持つ『雨過天晴』だが、相浦と藤宮の関係もそんな天気のようなものであって欲しい。
あの後、南条と藤宮はちゃんと教室に戻った。
もちろん稲瀬先生は既に教室に帰って来ていて、今まさに探しに行こうとしていたところだった。
稲瀬先生が間に入って、相浦と藤宮はお互いに謝罪を交わした。
相浦は原稿を破ったこと、藤宮は授業への態度。誰か一人が悪いわけじゃなく、互いに良くない部分があった。そう稲瀬先生は結論づけ、二人に反省を促した。とは言え、本当に反省しているのかどうかは本人たちにしか分からない。
これで関係修復とは決して言い切れないのが現状で、藤宮は原稿を作り直さないといけないのに、そういったことは一切話せなかった。
授業が終わると藤宮はまた教室を出て行って、今度はいつも一緒にいる女子が追いかけて行った。相浦も相浦で、次の授業で行われる小テストの勉強を始めてしまった。
「上手くいったね」
「そう思うか?」
「思わないの?」
「思わないでしょ」
楽観的なことを言う南条だが、心配すべきなのは自分たちのグループだ。
「南条さんのグループは資料作り終わったの?」
「資料は終わった。でも、原稿が作れてない」
南条は自ら探しに行った。その結果、グループの人たちから怒られている。自業自得とも取れるけど、おれたちのグループの問題に南条を巻き込んでしまった感は否めない。
「おれに出来ることがあったら手伝うよ」
「……それなら放課後、図書室に来て。原稿つくる」
南条は一緒に帰ろうと誘う感覚なのだろうが、おれはすぐに言葉を返せなかった。
「……いいよ。図書室ね」
資料作りならまだしも、同じグループでもない人が原稿作りを手伝えるだろうか。
自分から言っておいて、そんな疑問はあるにはあるけど、せっかく南条が誘ってくれているのに断る選択肢は取れない。
※ ※ ※
前に一度だけ図書室には訪れたことがある。
そして舞堵高校の図書室に漫画が置かれていることに驚いた覚えもある。中学校の図書室には置かれてなかったし、そもそも学校の図書室に漫画なんて置いていいのかとも思った。
都会の学校では普通のことなのだろうか。
本棚に並ぶ大量の漫画は見ているだけで、満足してしまうような充足感を得られる。
エメに呼ばれたとかで南条とは別々に図書室へ向かうことになり、今は待っている身だ。暇潰しに適当な漫画でも呼んでいようか。
放課後だからか、司書の先生を除けば図書室には誰もいない。プライベートルーム感があって嫌いじゃない。
本棚に手を伸ばそうとしたところで、図書室の扉が開く。図書室内は酷く静かなので扉の開閉音すら大きく聴こえる。
現れたのは南条だ。足早に近付いてくる南条は、何やら急いでいるように感じる。
「どうしたの?」
「ついて来て」
言葉を交わす間もなく、南条は腕を引っ張ってくる。されるがままに引っ張られた先は、身長大の本棚が並ぶ図書室の奥まった場所だった。
「誰かに追われてるのか?」
本棚を背にして、扉の方をチラチラと見ている南条は挙動不審と言っていい。
「相浦君と藤宮を呼んだの。だから、もうじき来る」
「じゃあ何で呼んだ本人が隠れてるんだよ……」
「二人で話してほしいから」
二人だけで話し合わせるのは大分危うい気もする。
「どうやって二人を呼んだわけ?」
「話があるから図書室に来てって。あっ、来たよ」
そう言って南条は口元の前で人差し指を立てる。
図書室に入って来たのは相浦だった。背負っていたリュックを机に置き、椅子に腰掛ける。珍しくスマホを弄り始めたと思いきや、南条のスマホに通知が届いた。
『まだか?』と非常に端的なメッセージが送られていた。
「藤宮が来なかったらどうするつもり?」
「……来るよ」
そんな南条の一言が伝わったのか。
図書室の扉が開いた。
おれと南条だけでなく、相浦も扉の方へ目を向けた。
「南条は?」
「僕も南条を待ってる」
「………そういうことね」
何かを察したような表情で前髪をかき上げ、「はぁ」と小さくため息を吐いてから中へ入る。
二人とも南条に呼ばれて図書室に来た。
それなのに南条の姿はなく、いたのは相浦。南条に騙されたとすぐに分かっただろうに、藤宮は出て行かなかった。それはきっと相浦にも同様のことが言えるはずだ。
藤宮が相浦の向かいの椅子に座る。
しばらくの間、相浦と藤宮の睨み合い的な気まずい空気が場を支配した。
そんな空気の中、最初に動き出したのは相浦だった。リュックを探り、取り出したのはA4の紙だった。
「原稿だ。新しく作っておいた。破ってしまったからな」
「……当然ね」
「当然?」
「何でもないわよ。あたしも……悪かったから」
「何が悪かったんだ?」
「調子に乗んな」
捨て去るように言い放ち、相浦の手から原稿を奪い取って颯爽と図書室を出ていく。相浦もしばらくスマホを弄った後、席を立った。
『話はつけた』と南条のスマホにメッセージが届いていた。
僅か数分に過ぎない出来事だったが、こうも上手くことが運ぶなんて誰が予想出来ただろうか。
隣を見れば、にやけ顔の南条が、今度は親指を立てていた。
「上手くいった」
結果論に過ぎないけど、結果良ければすべて良しとも言う。
「……そうだね」
二人とも、どういう風の吹きまわしなのかと思える程、落ち着き払った状態で言葉を交わしていた。それも、さっきの授業であんなことがあったと言うのに。
それとも、そのおかげでお互いの良くないところを見つめ直せたと?
大分楽観的な考えをしている自覚はあるものの、今は二人の関係が天気のように上手く修復したと喜んでもいいのだろう。
「ところで、原稿作りの話は?」
「つくるよ。遠坂君も手伝ってくれるんでしょ?」
「手伝うけど……手伝えることある?」
「……文書がおかしかったりしたら教えて」
「添削ね。いいよ」
ついさっきまで相浦と藤宮の座っていた椅子に腰掛け、原稿作りを始めた。添削だけでなく、言い回しにアドバイスしたりして、ようやっと完成した頃には十七時過ぎようとしていた。
あっという間の一時間だった。
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