第11話 雨過天晴とはならないよ

 何かのドラマだったか。それとも映画だったか。いや、アニメだったかもしれない。まぁそれは何でもいいんだけど、そんな創作物の中で誰かが口にしていたような覚えのある四字熟語を、何故だかおれは今でも覚えていた。


「皆、今月中に絶対終わらせてよ!来月の初めの授業で発表!分かったね!」


 発表の資料作りは遅れに遅れ、稲瀬先生がお冠になるのも当然の成り行きだ。


「特にあなた達!まだ半分も仕上がってないじゃない!授業内で終わらないようなら、各自で集まって完成させるように!」


 名指しされたグループは、こちらも当然ながら南条のグループだった。残念ながら資料が半分しか終わってないようだと、今回の授業時間内で完成させるのは、相浦でもいなければ無理だろう。


 かく言うおれ達のグループは相浦が優秀だった。

 A0サイズの資料は完成し、発表原稿の作成も済んでいる。相浦主導のもと、先週の時点でほとんど完成し切っていたし。なのですることがない。と言いたいことろだが、そういうわけでもないのが現実。


「おまえ、本当にこれでいいと思ってるのか?」

「思ってるからスマホ弄ってんでしょ?それくらい分かれよ」

「ダメに決まってるだろ。資料に書いてあることを、ただ読むだけのものを原稿とは呼ばない」

「発表するのはあたしなんだから、別にいいでしょ」

「おまえ一人の発表ならな。グループワークの意味、馬鹿には分からないか?」

「ほんとお前ウザい。マジで一回、死ね」

「おまえがな」


 ———やばいやばいやばいやばいっ!いつもの百倍くらい口喧嘩がヒートアップしている。伏見、止めてくれ。


 そう目で訴えかけると、伏見は高速で頭を横に振った。


 ———無理です無理です!遠坂さんが止めてくださいよ!

 ———マジで無理。

 ———だったら、私もです!


 とまぁ、こんな感じで違った問題を抱える。そして、このグループで新たな友達と言っていいかどうかは憚られるが、伏見と話すようになった。それも言葉を直接交わすことなく、視線や表情で会話する高度なコミュニケーションを確立した。


「そもそも授業中にスマホを触るな。おまえには常識も無いのか」

「お前との話すの疲れんだよ。もう喋んな」

「おまえがちゃんとやってれば、僕もこんなことは言わない。言わせてんのはおまえの方だから、勘違いするなよ」


 ———いやこれは無理とか、言ってられない状況かもしれない。


 稲瀬先生は南条のグループを手伝うために用意していた資料を取りに職員室へ行ってしまった。もうおれが止めるしかない。


「相浦、一回落ちつ」


 意を決して口を挟んだのだが、相浦が藤宮の原稿を破ったのを目にして言葉が詰まった。


「作り直せ」

「………最低」


 そして藤宮が筆記用具を相浦に投げつけた。

 筆記用具の中身が床に散らばると同時に藤宮が教室を出て行った。


 何事かとクラス全員が、筆記用具をぶつけられた相浦に視線を注ぐ。立ち尽くしたままの相浦は床に散らばった藤宮のペンを拾い始める。おれもすぐに席を立って、相浦を手伝う。


「相浦。今回はマジでやり過ぎだからな」


 口だけならお互い様な部分はある。

 ただ、人の作った原稿を破るのは擁護出来ない。


 何も言わずペンを拾い続ける相浦に、おれもこれ以上何か言ったりはしない。


「ど、どうする……の」


 筆記用具を拾い終え、相浦が席についたところで伏見が小さくこぼす。


「どうしようかね………」


 ———誰か藤宮のこと追ってよ。いつも一緒にいる女子とか、追いかけてくれよ。


 おれか。おれが追いかけるか。どこ行ったか知らないけどさ。いや、やめた方がいいか。すれ違いとかになったら、探しに出て行ったおれの立つ瀬がない。


「南条、どこ行くんだ!マジで終わらなくなるぞ!」

「大丈夫。終わらなくても、わたしに任せて」

「任せられるかっ!?」


 藤宮を探しに行くべきか迷っていると南条のグループでも揉め事が起きたのか。南条を呼び止めるような矢吹の声が教室内に響く。見れば南条がこっちへ近づいて来ていた。


「いっしょに探しに行こう」

「藤宮を?」

「うん」

「南条さん、藤宮と仲良かったっけ……?」

「話したことない」

「だよな」


 名前すら知らなかったもんな。

 どうして、何で、と訊きたいことは尽きないけど、それは言ったところで明確な答えは返ってこない。南条だし。


「相浦も来るか?」

「僕はいい」


 反省してるのか、筆記用具を投げられて怒っているのか。

 よく分からないが、それでも言わなくてはならないことがあった。


「藤宮に謝れよ」


 相浦が反論してくる可能性もある。なので、言ってすぐ教室を後にした。でも、相浦の性格上、本当に自分に非がないと思っているのなら、呼び止めてでも反論してたんじゃないか。そう思うと反省はしているのかもしれない。


         ※ ※ ※


 行く当てなんてない割に南条は迷いなく校舎内を歩いている。藤宮がどこにいるのか分からないので、おれが先導しようと南条がしようと大して変わらない。


 ———と言うか、どういうメンツだよ。


 もし見つけたとして、グループワークでしか関わりのないおれと話しすらしたことのない南条でどうしようと言うのか。藤宮も困惑しそうだ。おれだって意味分かんない。


「いた」

「マジか」


 当てもなく校舎を歩き回って終わると思いきや、藤宮を見つけてしまった。曲がり角を背にして作戦を立てる。


「何か策あるんだよね?」

「うん。任せて。前みたいに」


 何だか今の南条は頼りになる。

 頼りにし過ぎるのはよくないような気もするが。


 そう思った直後、南条がブレザーのポケットから大量の飴を取り出した。


「そ、それは……?」

「頭使った時と怒ってる時は甘いものがよく効くって、エメが言ってた」


 ———またエメか。


 南条は間違ったことばかり、エメから学習している。

 しかし、今はそれでいいのかもしれない。正攻法で行っても藤宮に手酷くあしらわれて終わる未来しか見えない。藤宮自身も「南条は変わってる」と言っていたし、南条が飴を渡してきたら怒るに怒れなそうだ。


「よし、頑張って」

「うん、頑張る」


 ここは女の子同士で。

 もしかしたら相浦と仲の良いおれが一緒だと、藤宮は嫌がるかもしれない。行き当たりばったりもいいところだったが、幸いにも南条がいてくれた。


 教室のある校舎と多目的室のあった校舎の二つを繋ぐ渡り廊下で、藤宮は一人外を眺めている。非常に絵になる様ではあるが、同時に非常に近寄り難い雰囲気も漂う。


 そんな渡り廊下へ向かって足を進める南条に藤宮が気付く。

 南条も気配を消して近付いて行ったわけじゃないので藤宮が気付くのは当然で、警戒とも困惑とも取れるような表情で藤宮が目を細めた。


「何であんたが来るのよ」


 これまた当然の反応をする。

 誰かが追ってくるのなら、普通、藤宮と関わりのある人だろう。南条が追ってくるなんて想定外のはずだ。


「友達が迷惑かけたから?」

「迷惑?あんた相浦あいつと友達なわけ?」

「連絡先、知ってるよ」


 ―——絶妙に会話がかみ合ってないような。


「あっそ。変わり者同士、勝手に仲良くしてれば」


 それで興味を失った藤宮は南条へ向けていた目を外へ移す。

 言外に帰れと言っているのだろう。隠れて遠目から見るおれでも察せる分かりやすいものではあったが、残念ながら南条に通じることはなかった。


 隣に並ぶ南条へ、藤宮は面倒くさそうにため息を吐く。


「あんたほんと空気読めないのね」

「空気は吸うものだよ?」

「つまんないマジレスしなくていいから。あたしはどっか行けって言ってるの」


 流石の南条でも直接口にして拒絶すれば理解する。


「……あげる」


 ただ、それは理解するだけであって言うことを聞くわけじゃない。


 ポケットから大量の飴を取り出し、藤宮に差し出す。取り出す際に落とした飴も含めれば相当な数がある。今思えば、なぜ南条が大量の飴を持っているのか。「南条だから」という雑な解釈をしてしまえば楽ではある。


「甘いもの食べれば気持ちが落ち着くよ」

「あたし甘いもの苦手」

「好き嫌いはよくないよ?」

「余計なお世話よ」


 藤宮は甘いものが苦手だとはこちらも想定外。

 甘いもの作戦を根底から覆す事実に、南条は飴と藤宮を交互に見返して、新たにポケットから飴を取り出す。


「甘くないのあげる」

「気持ちが落ち着くって話はどこ行ったのよ」

「お、おいしいものでも同じ、だから……」

「めちゃくちゃね……あんたは」


 ぷるぷると震えながら、こっちに顔を向けてくる南条だが、まだそんなに焦るタイミングじゃない。それに相浦とガチで口喧嘩する藤宮を毎週見ているので、今の藤宮が大分落ち着いている方だということは何となく分かる。


「それ何味?」

「ミント。スース―するだけで甘くないよ」


 南条の手からミント味の飴を取ると、そのまま包装を破って口に入れた。


 それが嬉しかったようで、再度南条が顔を向ける。

 当たり前だが南条の笑顔は眩しすぎてまともに見れないし、事あるごとに顔を向けていたら藤宮に気付かれてしまう。一応、隠れて盗み見ている身なのでバレたくない。


「全然美味しくないんだけど」

「わたしもそれ嫌い」

「はぁ?あんた自分の嫌いもの、あたしに食べさせようとしたわけ?てか、好き嫌いよくないって………はぁ、ほんともう……」


 南条の言動に翻弄される藤宮が柵に置いた両腕の間に頭を落とす。


 そんな藤宮を見て、機嫌を損ねてしまったのかと思ったらしい南条があわあわと頭を揺らす。そして結局、おれの方へ助けを求め、視線を投げてくる。


「あんたがアイツと友達になれた理由、よく分かったわ」

「アイツって……?」

「相浦だよ、相浦。話の流れ的に分かるだろ」

「うん。友達。連絡先知ってる」

「どうでもいいわ、連絡先とか。あんたと話してるとこっちが疲れる。そんなんで、よく相浦なんかと友達になれたわね?あいつが一番嫌いそうなんですけど」

「いっしょに帰って、連絡先交換したよ」

「一緒に?二人で?」

「二人じゃない。遠坂君もいっしょだった」


 あぁ~と気の抜けた息が混じった声を、藤宮が上げる。


「あんた遠坂ともよく話してるイメージあるわ。てか、遠坂くらいしか知らない。付き合ってたりするの?」

「つきあう……?」

「そういうキャラ作り…………ああそうね。あんたならマジで知らなそうね」


 大分話している。

 藤宮がスマホで時間を取り出し、画面に目を落とした。時間でも確認したのだろうか。


「南条、そろそろ戻ったら」


 外を見つめながら、呟き声でこぼした藤宮は今日初めて南条の名前を口にした。


「戻るなら藤宮さ……藤宮もいっしょに」

「授業が終わったらね」

「先生に怒られるよ?」

「それはあんたもでしょ」

「だったら、いっしょに戻ろ?今ならいっしょに謝ってあげる」

「誰に謝るのよ」

「相浦君に」

「意味分かんない。あたしが謝ることなんてないし」

「相浦君も反省してるよ」

「あいつが反省するわけ?」

「する。わたしに馬鹿って言ったこと相浦君謝ってくれた」


 ———えっ……初耳なんですけど。


 南条と相浦が連絡先を交換して一週間ほど。

 今のところ、予備校のある水曜と金曜は三人で帰っている。ちなみに月曜はおれと二人、火曜と木曜はエメたちと帰っていると言う。


 二人ともおれを介すことなく話せるまでの関係にはなれた。おれの知らないところで話していたりもするだろうし、連絡先だって交換している。考えてみれば相浦が謝る機会は結構あった。


 おれと同様に藤宮もしばらく黙り込んでいる。

 嘘の下手な南条だからこそ、その言葉には妙な説得力がある。


 相浦は何事にも真面目に取り組む人で、周りにも厳しい部分がある。でもそれ以上に自分自身にはもっと厳しい。


 あのグループワークの資料だって、ほとんど相浦が考えてくれたようなものだ。おれと藤宮と伏見は振り分けられた部分の調べものをこなすだけで、その調べものだって相浦はやっている。


 働きで言えば、三人合わせても相浦には届かないかもしれない。


「どこ行くの?」


 考え込んでいて二人から目を離していた。

 藤宮がこっちに向かって来ていて、危うくこけそうになった。


「教室に戻るのよ」


 近づいて来る二人の声を聴きつつ、おれは男子トイレへ姿を隠した。教室へ戻るとなればトイレの前を通るので顔を出すことは出来ない。足音を聴いて、通り過ぎたのを確認してから、二人の後ろ姿を見届ける。


 隣に並ぶ距離が近かったのか、藤宮が南条の肩を押して離す。ゆらゆらと揺れながら引き離される南条だったが、徐々にまた藤宮に寄り始めている。


 仲が良さそうでなによりだ。

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