第10話 放課後

 実行委員の集まりでエメ達と知り合ってからと言うもの、時々南条が一緒に帰ろうと誘ってくるようになった。いつもはエメや嵩透、阿澄と一緒に帰っているのだろう南条が、わざわざ誘ってくるようになったのはちゃんと友達になれたからか。


「今日、いっしょに帰ろ」


 こうして、帰りのホームルームで突然声を掛けてくる。

 いつもだったら「いいよ」と返して一緒に帰るのだが、今日だけはそう返せなかった。


「いいけど……相浦も一緒でいい?」


 今日は相浦と帰る先約があった。

 放課後、通い始めた予備校の授業があり、駅と真反対の方に自宅のある相浦だが、今日だけは駅へ向かう。だけと言うより、予備校の授業がある水曜と金曜は一緒に帰る話になっている。


「……がんばってみる。遠坂君の友達と、わたしも友達になりたい」


 気張る南条だが、不安ではある。

 相浦と南条の接点は皆無だ。接点と呼べるものは勉強中の相浦にレシートを渡しに行って、「馬鹿なのか」と一蹴された時くらいなんじゃないか。


 ———相浦には釘を刺しておこう。


 前みたいなことが起きないように。

 あの時は相浦のせいでワッフルが食べられなかったし。


 ホームルームが終わって南条には一度席で待っててもらい、おれは相浦の下へ直行した。置き勉のしない相浦は教科書をリュックに入れている最中で、声を掛けるにはちょうどいい。


「相浦」

「ああちょっと待て。もうすぐ終わる」

「いや、話したいことがあってさ」


 重たい話をするわけじゃないのでさらっと告げる。相浦も教科書を詰める手を止めずに「何だ?」と先を促す。


「今日一緒に帰るの、南条さんが一緒でもいい?」


 「一緒に帰れなくなった」なら想定の範囲内だっただろう。

 南条が一緒と聞いて、相浦の教科書を詰める手が止まる。硬直する相浦は今、なにを考えているのか。「嫌だ」と一言だけ返ってくるのは怖い。


 硬直したのは、ほんの一瞬だったはずなのに返答があるまでの間は長く感じられた。


「まあ、いいよ。遠坂、南条と仲良さそうだしな」


 南条を断らないといけないかもと思い始めていたので、相浦が「いいよ」と言ってくれた時点で露骨に安心してしまった。


「仲良さそうって……」

「違うのか?」

「ただの友達だよ」


 ともかくおれと南条の仲が良い話は置いといて、三人で帰るとなれば相浦にはいろいろと気を付けてもらわないといけない。


「南条さんとは仲良くな。前みたいなことは絶対言わないでよ」

「前みたいなこと?僕が何かしたのか?」


 ———マジかこいつ。


 相浦と南条はクラスでは浮いた存在だ。

 自分がクラスで浮いた存在だと自覚した上で気にしていない相浦と自覚自体してなさそうな南条の二人は「クラスで浮いた存在」という点で共通している。高橋や藤宮たちとは違った感じで、クラスメイトからは一目置かれている。


 そんな二人が邂逅を果たした出来事―――一年三組内ではレシート事件と呼ばれている―――の当事者であるにも関わらず覚えていないようだ。


「南条さんを馬鹿呼ばわりしたこと覚えてないの?」

「あぁ。そう言えばそんなこともあったな」

「あったなって……まあいいよ。でも、今日はそういうこと言うなよ。南条さんは変わってるけど、悪気があるとかじゃないからさ」


 言い切った後で必死に擁護しているみたいで何だか恥ずかしくなる。


「そうだな。善処しよう。僕だって南条が変人だということは理解している」


 ———それは特段ブーメランだろ、相浦。


 今の発言は第三者からすれば、変人が変人を変人呼ばわりしている滑稽なものにしか聞こえない。しかし、善処してくれるのなら何だっていい。


 相浦と南条の関係値は今のところゼロ。レシート事件のことを鑑みればマイナスかもしれない。「おれの友達と、友達になりたい」なんて南条の言葉は聞いてるこっちがむず痒い気持ちにさせられるが、少なくとも相浦と友達になりたいという歩みよりを見せている。だからと言って心配いらないわけじゃない。何せ南条のことだし、相手も相浦だ。


 今日の帰り道はおれの立ち回りに懸かっているのかもしれない。


「じゃあ、帰るか」


 教科書を詰め終えた相浦が席を立った。


         ※ ※ ※


 三人というのは余り良い組み合わせじゃない。

 エメと嵩透と阿澄の三人は、三人とも全員仲が良いので不都合はないのだろうが、おれと南条と相浦の三人はそうじゃない。おれたち三人には相互的な繋がりが欠けている。


 おれは相浦と南条の二人、南条はおれ、相浦もおれ。

 南条と相浦の間に繋がりがないせいで、おれが二人の間を隔てるような役割になってしまっている。


 おれが南条と話している時、相浦が黙り、おれが相浦と話している時、南条が黙る。幸いにもそれが交互に行われるため、気まずくならないギリギリの均衡は保てている。


 ―——これでいいのか、南条さん。自分からアクションを起こしてくれ。てか、相浦も一緒に帰ってるんだから何かしろ。


 おれだけが、気まずくならないよう二人の間を右往左往している。


「藤宮は使えないぞ」


 ———急に何だよ。


「そんなこと言うなって」

「あいつに振り分けた調べものだけが全く終わっていない。使えないのは事実だ」

「それはまぁ………」


 ———そんな印象が悪くなるようなことを南条の前で言うな。


「藤宮ってだれ?」


 南条が耳打ちしてきた。


 ———あなたはそこからですか……


 おれだってクラス全員の名前を憶えているかどうか訊かれたら、完璧に覚えてるとは言い切れない。しかし、藤宮はクラスでは一番と言っていいくらい目立つ女子で、嫌でも名前は覚えてしまうだろう。


 まぁ、南条なので知らなくても不思議じゃないか。


「同じクラスの女子だよ」

「ああ。関わらない方がいい馬鹿だぞ」

「馬鹿………」


 ———相浦、馬鹿はやめろ。南条に響くだろ。


 徹底的なまでに藤宮をこき下ろす相浦の姿勢には、もはや感服の域に達する。藤宮も藤宮で、相浦に対してグチグチ言ってるのでお互い様なのかもしれないが。先日も、もはや相性が良いんじゃなかってレベルで口喧嘩していた。


「あいつを切り捨てるべきか、早めに考えておいた方がいい」

「切り捨てるって……グループワークに切り捨てるもなにもないだろ」

「わたしのところ全然進んでないよ?」


 ―——次はそっちか。


「今、どれくらなの?」

「調べ始めたところ」

「遅いな」

「要領が悪いんだろうな。南条のグループは。要領悪そうな」

「はいはい、相浦は黙ってて」


 ———「馬鹿」を「要領悪い」に変えたからって、いいわけじゃないぞ。


 さっきから毒舌なことしか吐かない相浦には少し黙っていただきたい。扱いの悪さで言えば相浦は南条を優に上回っている。と言うか、あれか。この話題が相浦をそうさせてしまっている。


 グループワークの話を続ける以上、相浦の口からは藤宮への愚痴しか出て来ないだろう。要するに早急な話題転換が必要というわけだ。


「相浦君、連絡先交換しよ」


 ———今じゃないだろ。それにまだおまえら、まともに言葉のキャッチボールしてないだろ。


 エメか。これはエメのせいなのか。

 南条の中で「連絡先を交換する=友達」という認識になってるとしか思えない。


 話題転換するにしても、連絡先の交換は話題が飛び過ぎだ。


「……まぁ、いいぞ」

「いいのかよ!」

「っどうした。急に声を上げて」


 ―——ダメだ。もうおれには二人の考えてることが分からない。


 何事もなく連絡先を交換し合う二人が、南条の自宅マンションが、視界に映ったところで、どっと身体が重くなった。気付いていないだけで疲労はちゃんと蓄積されていたと言うわけか。


 南条は相浦との連絡先の交換が目的だったようで交換し終えた今、南条は意気揚々としている。


 言いたいことは山ほどあるけどね。

 「連絡先の交換=友達」っていう考えとか。


 でも、結果的に綺麗に収まったので良しとしよう。無駄なこと言って、綺麗に終われそうな現状を変えたくはない。


「また明日」

「うん、じゃあね」


 マンションへ入って行く南条と別れ、おれと相浦は駅へと足を向ける。


 南条とは既に二人で何回か帰っている。今でも変な沈黙が続いたりすると若干気まずかったりする。その点、相浦と二人で帰るのは今日が初めてだが、沈黙があっても気楽だ。


「南条は変わってるな。いきなり連絡先交換したがるなんて。女子はああ言う生き物なのか?」

「いや。南条さんが特別なだけ。それに相浦も、よく断らなかったな」

「連絡先をか?」

「そう」

「断る理由はないからな。レシートゴミはいらないが、連絡先くらいなら僕だって受け取る」


 勘違いするな、とでも言いたげな様子だが、どうなんだか。


「藤宮のでもか?」

「それはいらんな。ゴミと変わらん」


 ———だから言い過ぎだって。


 おれが振ったことなので口には出さないけど、やっぱり言い過ぎだ。


 南条と相浦の関係より、今は藤宮と相浦の関係修復を考えないといけないかもしれない。グループワークなのに、相浦は藤宮を切り捨てるだなんて言い出す始末だ。


 でもそれは、今日以上に疲れること確定の重労働だ。

 胃が痛くなってくるので今日はそのことについて考えるのもやめる。面倒なことは後に回してしまおう。今はこの気楽な帰り道を何も考えずに歩き続けていたかった。

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