第9話 連絡先
当然ながら時間は経つものだ。
月曜に実行委員をすることが決まり、初めての集まりが行われるのは木曜の放課後。火曜と水曜の二日あるから、先のことだと考えていた。でも、気付いたら木曜だった。
委員会なんて、まず入ること自体が初めてで、おれはやけに緊張してしまっている。しかし、南条はそうでもないらしい。
「よかったね、友達がいて」
「うん」
南条の友達だというエメ。本名なのか、あだ名的なニックネームなのかは深く訊いてないので分からないけど、林間学校の実行委員に南条は友達がいるらしい。それはそれは心強いだろう。
友達も多いらしい。こんなと言ったら失礼かもしれないが、地雷メイクの南条と中学からの付き合いだというエメはどんな人なのか。
おれの想像の中では、藤宮寄りなんじゃないかと思っている。
多目的室に近付くにつれ、胃の辺りの調子が悪くなってくる。ような感覚がするようなしないよう。
———変に緊張するのはやめよう。
悪い癖だ、と言ってしまいたいところだが、おれという人間の性分っぽいので簡単には治せないだろう。
気持ちだけでもしっかりしておく。
「そっちじゃないって」
「……こっちか」
「いや、こっち」
「あぁそっち」
こっち、そっちと言い合うのも、これで何回目になるのか。集まりの行われる多目的室は教室のある校舎とは別の校舎にある。そのおかげで南条は全く所在を掴めず、間違った方へと進みまくっている。
おれは一応、多目的室の場所は把握しているものの、別校舎に訪れるのは初めてなので自信があるわけじゃない。
「迷路みたい」
南条の呟きに心の中で賛同し、多目的室に到着した。時間ギリギリではあったが、遅刻したわけじゃない。それでも、多目的室からは賑やかな声が廊下に漏れている。
林間学校の実行委員。
他の委員会と比べて、その任期は三ヶ月もない短い期間だ。しかし、短いが故に集まる回数も多いため、結果的に見れば他の委員会と変わらない数は集まることになる。
そして一年三組では、その面倒くささを避け、誰も立候補することがなかったが、他のクラスは違うようだ。廊下に漏れる、とんでもなく明るい声は波となって、おれの脳内に警鐘を鳴らしている。
———おれ、めっちゃ浮きそう……
まだ入って確認してもいないのに、こんなにも扉に手が伸びない。
「早く入ろ」
「う、うん。そうだね……」
不承不承ながらも、おれは多目的室の扉を開いた。
「
「数学の
「そんな割れてねぇーだろ!?」
「ケツアゴすぎ!」
迎えてくれたのは黒板に先生の似顔絵を描いて談笑する男女の六人グループ。見るからにクラスで陽キャやってますといった風貌で気圧される。
しかし、それは向こうも同じだ。
おそらく南条に目を奪われている。一応隣に立っているおれだが、今はきっと視界に映る机と何ら変わらないモノにしか見えてないだろう。
多目的室に南条が入ったことで一気に静まり返った。南条自身は急に皆が静かになった原因が、自分であるとは分かっていないだろうけど。
こちらの出だし探るような視線を受ける中、教室奥に集まる三人の女子の中から声が上がった。
「やっと来たっ!あや!こっちこっち!」
南条に向かって手を振る女子を見て、あの人がエメだと確信する。
白いパーカー、ピアス、爪にはネイルか。ショートヘアの前髪の一部分が鮮やかな青色に染まっている。
地雷メイクの南条を初めて見た時と同様のインパクトがある。南条の友達だと言うので藤宮のような人を想像していたけど、現実は想像を遥かに越えてきた。
「早くない?」
「あやが遅いんだよ!」
手招きされるまま、南条がエメの下へ向かおうとする。おれはと言うと教室の扉の前で動けずにいる。
———行けないって。ほんっとに場違い過ぎる。
このままだと、おれは孤立する。この陽キャしかいない場所で孤立すれば、おれにはもう後がなくなる。委員会でのおれは死んだも同然。
どうにかしないとと思うが、何とか出来るとも思えない。だって、知ってる人が南条しかいないのだから。そしてその南条は友達のエメの所へ行ってしまう。
歩き出した南条を追うべきなのか。でも、おれは南条の友達とは面識がない。それに女子しかいない。追いづらいだろ、それは。
本格的に実行委員を引き受けてしまったことを後悔しそうになりかけたところで、南条が足を止めて振り返った。
「行こう」
直立不動だったおれの腕を掴むと手招きする友達の方へと南条が引っ張る。抵抗はせずにされるがまま、南条の友達の下に。
「珍しいじゃん。あやが実行委員やるなんて。その人があやの言ってた友達?」
「うん。遠坂君」
「ふぅ~ん………」
爪先から頭のてっぺんまで吟味するような視線に身体が強ばる。三人の女子の視線を一斉に浴びて、緊張せずにいられるほどの胆力はおれにはない。
「遠坂なんて言うの?」
初対面であるにも関わらず、まるで友達と接するかのようにラフな感じで訊いてくるので、こちらとしては答えやすかった。
「
「言いますって、そんな改まんないでよ。うちら同い年でしょ?」
「っあ、うん。そうだね……」
距離の詰め方も早い。
「うちのこと、あやから聞いてる?」
「エメ、であってる?」
「合ってる合ってる。うちは
———和泉…詩音……エメの要素はどこにあるんだ。
「トーサカ今、エメの要素がどこにあるだって思ったでしょ?」
内心を見透かされたのかと思わせるような素振りで言う和泉は、何やら楽しそうに口の端を上げている。
「別に意味なんてないよ。うちの名前のイニシャルでも何でもない。名前に関係が無くても、あだ名はあだ名だしね。トーサカもエメって呼んでいいからね。というか、そう呼んで」
常套句と言うやつか。本名とあだ名の乖離は自己紹介する上での掴みとしては有効だ。
「……分かった、エメ。そうするよ」
南条同様、エメも酷く近寄り難い風貌をしているけど、案外そうでもないのかもしれない。と言っても、エメ以外の女子二人もそうとは限らない。
「じゃあ、うちは終わり。かほ達も自己紹介、自己紹介」
エメが促したことで、黙って目だけを向け続けていた二人が各々口を開く。
「
三人の中だと身だしなみに派手さのない嵩透は一定の距離を感じる。南条といいエメといい、距離感のバグった人と接した後だからか、その距離感に安心する。
「あたし、
第一印象は人懐っこそうな猫みたいな人。愉快そうにじりじりと近付いて来る阿澄だったが、南条が「友達」と答えると「良かったじゃん!友達作れて!」と南条に向かって小さく拍手する。そして満更でもなさそうな南条の頬を「隅に置けないなぁ、このこの~!」と阿澄が突く。
———少女漫画か。
目の前で繰り広げられる女子の戯れは、ある意味刺激が強い。おれが見ていいものなのか。そもそも、ここに居ていいのかさえ怪しいのだから。
「トーサカってさ、委員会に入らなそうに見えるんだけど」
———何だ。遠回しに陰キャだって言いたいのか。
変に身構えてしまうのは、こういった人たちと関わることに慣れていないからだ。
「あやに無理矢理入らされた感じ?」
「無理矢理、ではないかな………友達だから」
「ふぅ~ん。友達ね。トーサカは良さげな男子っぽい」
「人畜無害そうね」
———お眼鏡にかなって良かったです。
良さげな男子の意味合いは何となく分かるけど、嵩透がぼそっとこぼした「人畜無害そう」とは一体。貶されてるのか、褒められてるのか判断しかねる。ただ、嵩透の表情は褒めているようなそれではない。
「あやっち、どうしたのぉ~そんな顔赤くして~」
「ともだち……ともだち……」
阿澄と南条は依然として、少女漫画みたいな空間を作っている。そのせいで言葉を掛けるのが躊躇われる。
「連絡先交換しよ」
そう言うと流れるようにスマホを取り出し、読み取れとばかりにエメがQRコードを差し出してくる。思えば女子と連絡先なんて交換したことがない。初めてがエメとの連絡先か。何だか中学の時との交友関係の変わりように感慨深いものを感じる。
南条と席が前後じゃなかったら、きっとこんな高校生活は送れていなかっただろう。良好な高校生活かどうかは別として。
「あやとは交換してるよね?」
「えっ、してないけど」
「はぁ?マジ?」
QRコードを読み取ったスマホにエメの連絡先が表示される。アイコンはエメと南条、嵩透、阿澄のプリクラ写真か。追加を押そうとして、エメにスマホを取られた。
「あっ、ちょっと!」
「うちの連絡先が欲しかったら、まずあやと交換してから」
「どういうことだよ……」
「どうもこうないの!あや、ちょっと来て!」
少女漫画の空気を壊すエメの声が飛び、南条がこちらに顔を向けた。
「どうしたの?」
「あや、トーサカと連絡先交換してないんでしょ」
「うん」
「それじゃあ、ただの知り合い!友達じゃないよ!」
———いやいや大袈裟だろ。
「友達じゃ、ない………」
そうは言っても、ぷるぷると震え始めた南条は真に受けたらしい。
スマホを取り出して寄って来る。
「遠坂君、交換しよ」
「う、うん……」
何だこれ。さっきと違う。エメと交換する時はこんなんじゃなかった。表示されたQRコードを読み取るだけの簡単なことが、やけに難しく感じる。物理的なあれではなく、心理的なあれだ。
追加したのを見せると南条は胸を撫で下ろして安心する。おれは追加された「あやか」の文字を凝視してしまっていた。
「はいっ、じゃあ次うちね」
エメとはさっき交換という行為だけしている。二度目は流れ作業のようにしてQRコードを読み取り、追加する。
追加直後なので、立て続けに女子二人の連絡先が上に表示されている。スマホの中に女子の連絡先が保存される時が来るとは。それも高校に入学して二週間足らずで。
高校デビューにも程がある。
いや、委員会デビューの賜物か?
「あっじゃあ、あたしも~」
「う、うん。いいけど」
もう二人も三人も変わらない。
阿澄とも連絡先を交換し、残るは嵩透だけだ。ここまで来たら全員と交換したい感じもするが、嵩透は一人だけジャンルが違う。
エメや阿澄は誰に対してもオープンで、パーソナルスペースがバクってそうだが、嵩透からは男という存在を嫌っているような雰囲気を感じる。と言うか、嵩透の視線には突き刺さるような鋭さがある。
「何よ」
エメと南条と阿澄が、唯一おれと連絡先を交換していない嵩透を訝しげに見つめ続けた結果、何故かおれに飛び火してきた。
「な、なんでもないよ……?」
「…………はぁ、一応ね」
———嫌なら別に交換しなくても……
ため息を吐かれて、差し出された嵩透のQRコードをおれは恐る恐る読み取る。男相手なら誰にでも冷たそうな嵩透のアイコンはアニメ調の猫イラストだった。人は見掛けに寄らないと言うことか。
まぁそれでも、「猫好きなんだ」と話題を振る勇気はない。
嵩透は会話に気を遣う相手なのは確かで、藤宮より気を遣うかもしれない。
「かほ、そんないじめないであげなよ」
「いじめてないわよ。ないわよね?」
隠す気ないだろと思わざるえないほど、高圧的に嵩透が同意を促してくる。不承不承ではあるものの、そんなこと言えないので頷いて答える。そして何故か、同様に阿澄も頷き始めた。
「かほっち男子嫌いだからねぇ」
独り言とも取れるような阿澄の言葉を本人含め、誰も否定しようとしない。どうやら嵩透は本当に男子嫌いらしい。
「男子にはいつもこうだから、かほのこと嫌いにならないであげてね」
「余計なお世話よ」
「そんな怒んないの~可愛い顔にしわが出来ちゃうよ~」
「やめて、せな。本気で怒るよ」
背後から頬を軽く突いたり、引っ張ったりする阿澄を横目で睨む嵩透は、それでもまだ友達相手に見せるものだ。もし阿澄が男子だったら拳が飛んでいただろう。
「楽しい?」
本気で怒られそうになった阿澄が嵩透に抱き着き、そんな阿澄を嵩透は引き剥がそうとし、それを見て笑うエメ。
仲の良い光景を前に南条が唐突に訊いてきた。
「……楽しいよ」
「良かった」
自分の友達を紹介したかったのか。
嬉しそうな表情を見せる南条は満足そうだった。
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