第8話 二人乗り

 我ながら委員会に入るつもりなんてなかったはずなのに。

 それも一番面倒くさい林間学校の実行委員をやることになるとは。これも全て稲瀬先生のせいだ、と決めつけることが出来ないのが、またこそばゆい。自分でやると決めた自覚はある。


 昼休みからずっと、実行委員に入ったことを考えている。若干の後悔もあるんだろうけど、南条がおれとなら実行委員をしてもいいと言ったことが、気になって仕方ない。


 こうしてホームルーム後、トイレで用を足している最中も考えてしまうくらいだ。今日はさっさと家に帰ってしまおう。実行委員になったことは変わりようのない事実だし、いくら考えたところでやるしかないのだ。


 トイレから戻ると閑散とした教室内に、珍しく南条の姿があった。いつもは放課後になるとどこかへ行ってしまう南条が、教室に残っている。


 閑散とする教室内に残る他のクラスメイトたちも物珍しそうにしている。荷物を取りに席へ向かうと、おれに気付いた南条が席を立った。


「遠坂君、一緒に帰ろう」

「…………えっ」


 ———一緒に帰る?南条さんの考えることは、もう意味分かんないんですけど。


 今日はいろいろありすぎて、頭が働かない。五限の単語テストだってぼろぼろだった。まぁ、それは単に勉強してなかっただけだけど。


 そんな疲労のせいか、わざわざ待ってまで「一緒に帰ろう」と誘ってくれた南条に対して、冷たいとも取れる疑問を呈してしまった。


「どうして?」


 露骨に嫌そうにしたわけじゃなかったけど、南条がカタカタ震えながら何も言わず背を向けようとしたので、とっさに訂正する。


「あっいや、別に嫌だってわけじゃないよっ」


 背を向けかけた南条の動きが止まった。

 安心そうな顔する南条が視界に映った瞬間、委員会とか疲労とか、どこかへ飛んで行ってしまうような感覚に襲われる。


 実際はそんなことないんだけど。


 リュックを手に取り、南条と一緒に教室を出る。クラスメイトの視線を一斉に浴びていたので、早く教室を出たかった。しかし、それでも南条と隣り合って廊下を歩くだけで普通に目立ってしまう。地雷メイクの南条の見た目が原因だろうか。


 改まって一緒に帰るとなると、もとから少ない会話もさらに少なくなる。


 教室を出てから昇降口まで、一度も言葉を交わすことなく来てしまった。これはいけないと思いながら、特別話すようなこともない。


 いや実際のところはあるにはある。

 どうして一緒に帰ろうなんて誘ってくれたのかとか、実行委員の時とか。思っていても言葉にするのは難しくて躊躇ってしまう。


「乗って帰ろう」


 校門から少し離れたところで、自転車を押す南条が懲りずにそんなことを言う。


「昼休みのこと忘れてないよな」

「うん、バレてなかった」

「そうじゃなくてだな」


 自転車を押し付けてくる南条に逆らえず、受け取ってしまった。すかさず南条が後ろに乗ろうとするので、おれも乗らないわけにはいかなくなった。今回は跨がって乗るのではなく、横向きで乗っていた。


「誰も見てないよ」


 確かに誰にも見られていないのだろうが、あの時は遅刻しないためという自分の中で二人乗りを正当化する要因があってのことで今は違う。今朝よりもずっと悪いことをしている意識が強い。


 安全運転を心掛けよう。

 後ろに座った南条は自転車のフレームを掴んでるみたいで、おれの身体に腕を回していない。少し期待していた自分がいるような気がして、何だか恥ずかしい。


 踏み込むペダルはやっぱり重たい。

 それでも進んでしまえば変わらない。


「遠坂君、委員会に入りたくなかった?」


 安全走行するおれは振り返ることはせず、正面に向かって言葉を落とす。


「どっちかって言えばね……南条は、どうして?」


 どうして、おれとなら委員会に入ってもいいのか。そんな風に詳しくは言えなかったけど訊くことは出来たので上々だろう。


「友達と委員会やってみたかったから?」


 ———友達……それって、おれのことだよな?文脈的に勘違いってわけじゃないよな?


「それに委員会に入れば成績アップとか?」

「……それは、ないんじゃない」


 これ以上深く追求するのはこっちが恥ずかしくなる気がして止めた。南条がおれのことを友達だと思ってくれていることが分かっただけでも十分だ。相浦の次に出来た友達が南条だとは思いもしなかったけど普通に嬉しい。それに友達だとはっきり言葉にする辺り、南条らしい。普通は言えない。


 とは言え、変に浮かれたりはしないよ?


「南条さんは、中学の時は委員会とか部活に入ってた?」


 話題を変えるわけじゃないけど、委員会繋がりで問う。


「入ってない。やりたい部活ない」

「委員会は?」

「風紀委員に入ってた。友達といっしょに」


 ———その見た目で風紀委員ですか。


 今の南条だと逆に風紀を乱しそうだが、中学の時は地雷メイクではなかった

のだと思いたい。


「遠坂君は?」

「おれは部活も委員会も入ってなかったよ」


 南条と同様、やりたい部活なんてなかった。委員会も面倒くささが勝ってしまった結果、中学三年間一度も入ることがなかった。そう思うと高校デビューと大袈裟に言うわけじゃないが、一度くらい委員会に入ってみるのも悪くないかもしれない。


 ただ、それが林間学校の実行委員なのは解せない。


 ———と言うか「友達と一緒に」って、南条さんにも友達がいたのか。


 とても失礼だが、南条にも友達くらいいるだろう。未だ舞堵高校で、南条が友達らしき人と一緒にいるところを見たことはないけど。


「どうして、おれを一緒に帰ろうって誘ったのか、訊いてもいい?」

「今日はエメがいっしょに帰れないから」

「エメ?友達?」

「うん。いつも一緒に帰ってるの」


 どうやら、南条にも舞堵高校に友達はいたようだ。


「その友達は中学の時の委員会で一緒に入ったっていう?」

「うん。中学からの友達。でもクラスいっしょじゃないし、エメは友達多いから」


 ずっと一緒にいられるわけじゃないと遠回しに言っているのだろうか。

 もう少し南条の友達について訊いてみたかったが、自転車というものは便利な代物だ。あっという間に高校を離れ、今朝知った南条のマンションへ着いてしまった。


 マンションの前で止まると南条は自転車を降りた。

 おれも降りないと。自転車は南条の姉のものらしいから。


「遠坂君、また明日」

「……うん、また明日」


 猛烈な気恥ずかしさを感じつつも「また明日」なんて返せた自分は頑張った方だ。


 近寄り難い雰囲気の南条はいろいろと変わっているが、見た目から思うような人ではないんじゃないか。そんなことを思いながら、駅に向かって一人歩く。


 ———コロッケでも買って帰るか…… 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る