第4話 グループワーク
月曜の三限は歴史だ。
授業が始まったのは先週の木曜からなので、歴史の授業は初めてになる。
「今日の授業は先週の続きだから、皆各自集まって始めていいよ」
稲瀬先生の一言で、生徒たちはグループごとに分かれ始めた。
先週の金曜にあった総合の時間で稲瀬先生がとあるグループワークをすることに決めた。先週はグループ決めと顔合わせ的な感じで終わってしまったが、そのおかげで相浦と話すようになった。
グループワークの課題は一応歴史の授業ということになるため「縄文時代と弥生時代について」という歴史に関連したもので、漠然とした課題でもある。
教科書や資料集、インターネットを使って、A0サイズの紙一枚にまとめる。さらっとだが、教科書で縄文時代と弥生時代の範囲ページを確認してみたが、結構な量があった。
A0サイズの紙は大きいけど、縄文時代と弥生時代についてまとめるとなると足りないようにも思えてくる。重要なところを抜粋してまとめろ、と言う稲瀬先生なりの意図があるのかもしれない。
———まぁでも、おれたちのグループには相浦がいるしな。
席周辺の机を四つ合わせ、そこにA0の紙を広げると相浦がさっそく作業に取り掛かり始めた。まだ初回だと言うのに相浦の線を引く手には迷いがない。グループメンバーとの話し合いもなしに独断で書き始める相浦へ、呆れたような目を向ける二人の女子がいる。
「相浦、何か考えてきたの……?」
「構図だけな。調べるのは四人でする方が効率がいい。僕も暇じゃないんだ」
暇じゃないと言いつつも構図を考えてくる辺りは相浦らしい。
「じゃあ、あたし達は何すればいいのよ」
上からの物言いをする女子は
クラスの女子で一番目立つ存在と言ってもいい。いわゆる陽キャだ。容姿も南条に負けず劣らずだし、いつも周りに友達がいる。南条とはまた違ったベクトルで近づきにくい。おれみたいな男子は特にそうだ。
「聞こえてなかったのか?調べものに決まってるだろ。縄文時代と弥生時代について、な。もっと指示が必要か?」
「うざ。そういうのマジでウザいから」
「僕からすれば、藤宮の態度の方がウザいけどな。おまえは僕の指示がないと何も出来ないのか」
「ねぇ遠坂、こんな奴と友達なんてやめた方がいいよ。性格終わってるから」
「終わってるのはおまえの方だろ」
「いやお前の方が終わってるから」
ガンを飛ばし合う二人の間には、目には見えないがとんでもない火花が散っていることだろう。二人の間に割って入って、この喧嘩を止める度胸はおれにはない。藤宮がおれの名前を出したから、飛び火するんじゃないかと一瞬ひやっとしたし。
もう一人の女子はおれ以上に慌てふためいている。短い腕と小さい手を忙しくなく動かす
「はいはい、二人とも協力して」
ことの一部始終を目撃していたらしい稲瀬先生が言葉を挟む。
お互いに言い争うのはやめてくれたが、グループ全員での共同作業はもう叶わないだろう。
藤宮は教科書を見始め、相浦は再びマッキーを走らせる。
うぅぅと小動物のような声を小さく上げる伏見は気まずそうにしている。藤宮と伏見は仲が良いというわけじゃない。どちらかと言えばこっち側の人間だ。
グループワークだと言うのに、このグループは各自で作業をしてしまっている。そもそも他のグループは五人なのにおれたちのところだけ四人なのだ。クラスの人数的にそうなってしまったと稲瀬先生は言っていたけど、きっと相浦がいるから四人なんだと思う。
ひとまず、相浦の作業が終わるまで教科書でも読んで待つ。さっきから正面の席に座っている伏見が目を向けてくるのだが、おれが目を向けるとすぐに逸らしてしまう。
———コミュニケーションが取れない……
おれはコミュ力が高いわけじゃないけど、人に話し掛けるのが苦手というわけでもない。苦手だったら相浦とは話せないだろうし、話そうとも思わないだろう。しかし、藤宮と仲良く喋れるかと言われると厳しいかもしれない。だって今は機嫌悪いだろうし、きっとこのグループワーク中はずっと悪いままだ。
相浦と藤宮がバチバチしている中、まるで何事もないように伏見と話すのも難しい。伏見だってそのはずだ。だから、目を向けて来るだけで全く話しかけてこない。
内心でため息をつきながら、おれの視線は教科書の文字が逸れていく。
———南条さんは、うまくグループワーク出来てるのか……?
南条のところは男子三人、女子二人のグループだった。
しかも男子の三人中二人がバリバリの陽キャときた。
サッカー部に入ったという
グループの男子メンツはかなり豪華だ。
南条は大丈夫だろうか。そんなことを考えるおれはやっぱり気持ち悪い。
同じように机を四つ合わせ、その上に広げたA0の紙の前で南条は腕を組んでいる。今朝、レシートを数えていた時に見せた真剣な眼差しを広がる真っ白な紙に向け、悩まし気な表情を浮かべながらマッキーでペン回しをしている。
南条は意外と手先が器用らしい。
しばらくして悩ましそうにしていた南条の表情がはっと晴れた。組んでいた腕も解き、マッキーのキャップを器用に親指の爪で弾いて外す。宙を舞うキャップが床に落ちた瞬間、南条が紙にマッキーを走らせた。
「あっちょっ!南条さんっ!?」
「な、何してんだよっ!?」
南条のグループから悲鳴が上がる。
マッキーを走らせる腕をすぐ高橋が掴んで止めたので、被害は最小で済んだみたいだ。高橋と南条の二人が、何やら話しているみたいだけど、ここからじゃ全く聞こえない。
「南条って変よね」
そう思っていたら、藤宮の声が耳に届いた。
独り言かとと思って声のした方を向けば、藤宮と目が合った。確実におれが南条を見ていたことがバレてるし、今の言葉もおれに向けられたものだ。
「そう、だね」
おれが南条を見ていたことを誤魔化すよう、教科書へ目を移しながら答える。
「今日の朝もさ、遠坂、南条とレシート数えてたでしょ」
「あれはレシートを集めるとワッフルが一つ無料になるからで」
「あぁ、あそこのワッフル屋の。『
藤宮、何気にそこまで見ていたのか。
もう一度目を向けた頃には南条は席に着き、教科書を広げていた。心なし表情が優れないのは注意でもされたのだろう。A0サイズの紙には、南条が残した歪な縦線が描かれている。怒られたとしても当然で、おれは南条が何を書こうとしていたのかが気になってしょうがない。
「役割分担だ」
しかし、相浦の作業が終わったようなので、おれもちゃんとやることをしなくては。
「見て分かるように部分分けした。その部分ごとに何を書くのかも簡単に記してるから、それを見て調べ、枠に収まる程度にまとめるだけだ。僕と遠坂で縄文時代、伏見とおまえで弥生時代、それでいいか?」
最後の疑問符は完全に藤宮を狙ってのものだ。
―——挑発するなよ、相浦………
「結局、指示出してんじゃん」
「その方が効率的だからな」
「あっそ」
あわあわし始める伏見だったが、幸いなことに二人の会話はここで終わった。お互いに口も聞きたくないようだ。もう今はそれでいい。延々と口喧嘩され続けるよりかはよっぽどマシだ。
終始、ぎすぎすした空気が漂ったまま、本時の調べ作業は終わりを迎えた。進捗は三十パーセントと言ったところだ。他のグループと比べると断然早い。構図だけ考えてきたと言った相浦だが、その実しっかりどこに何を書くのかを明確にしている。そのおかげでこっちは調べて、自分なりにまとめるだけでいい。
やはりグループワークにおいても、相浦は優秀だった。
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