番外編 二 『それから』【2】
* * *
「もうすぐ年が明けますねぇ」
年の瀬が近づいてきた頃、縁側で温かいほうじ茶を啜っていたコンがしんみりと呟いた。
数日前から降り続けている雪のせいで、今日はいっそう寒さが厳しい。
底冷えするような気候の中、抹茶ぜんざいとほうじ茶で体を温めたが、またすぐに体の芯が冷えていった。
「今年もあっという間でしたねぇ」
「そうですか? 私はなかなか長い一年に感じましたよ」
「ギンは修行に勤しんでいるからでしょう」
「コンだって、毎日忙しいではありませんか」
「忙しいからこそ、あっという間に感じるのです」
「私は、忙しいときこそ、振り返れば長い日々だったように思いますよ」
「前から思っていたのですが、私とギンは双子なのに感性は似ていませんねぇ。姿はそっくりなのに」
「双子でも、個々で特性がありましょう」
私の両隣に座るコンとギンの会話に、ふっと笑みが零れる。
確かに、コンとギンは外見こそそっくりではあるが、内面はあまり似ていない。
ひょうきんでお調子者のコンと、真面目で物静かなギン。
どちらが兄でどちらが弟なのか……と思うときも珍しくはない。
滅多にないが、喧嘩をしたときには双方譲らないところなんかはそっくりだと思うものの、双子とはいっても性格はまったく違っている。
「似ていないからこそ、おもしろいのではないか」
「ええ」
「さすがは雨天様! 素晴らしいお言葉にございます! 雨天様のおっしゃる通りですね! 似ていないからこそ、こうして楽しい時間が過ごせるのです」
大袈裟なくらい騒ぐコンに、ギンが「コン、お茶が零れますよ」とたしなめる。
「わかってますよ。ギンは母上みたいですねぇ」
仲のいいふたりのやり取りに、また笑みが零れる。
「そうだ、お前たち」
その姿を見ながら、「今年の褒美はなにがいい?」と尋ねた。
一年に一度、どこぞの国からやってきた〝クリスマス〟というイベントがある。
もう過ぎてしまったが、それに倣うように年の瀬にはコンとギンの一年の働きを労い、ひとつ願いを聞いてやることにしている。
ギンはたいてい料理に関すること。
昨年は『ひとりで夕飯を作らせてくださいませ』と願い、その前の年は『秘伝の味噌の作り方を教えていただきたいです』と言われた。
さらにその前の年には、『私が一からひとりで作った甘味を明日のおやつにしてください』だった。
真面目で修業熱心のギンらしい望みなのだ。
反して、コンは毎年必ず『好きな甘味をたらふく食べたいです』と言う。
選ぶ甘味もほぼ毎年変わることなく、食いしん坊のコンらしい願いなのだ。
「私にできることなら、なんでもしてやろう」
「では……今年もお言葉に甘えまして」
先に口を開いたのは、ギンだった。
いつもコンの方がいち早く願いを口にするが、どうやらギンの願いははっきりと固まっているようだ。
「ああ。ギン、なにを望む?」
「……私が考案した甘味を食べていただけませんでしょうか」
「考案?」
「は、はい」
「お前が一からすべて考えたということか」
「はい。以前よりずっと、作ってみたい甘味がございまして……。少し前から頭の中で考えておりました。雨天様のご許可をいただけましたら、ぜひそれを作ってみたいのです」
ギンが緊張の面持ちでいるのは、自分の役目をしっかりとわきまえているからだろう。
このお茶屋敷において、甘味を作るのは神様だと決まっている。
神使はあくまで神の補佐として働き、決して前に出ることは許されない。
私が先代からこの役割を引き継ぐずっとずっと前からあるらしい、この屋敷のしきたりなのだ。
しかし、それはあくまで〝お客様にお出しする甘味〟に対するしきたりである。
「……やはりいけませんよね。申し訳ございません」
ところが、ギンは聞き入れてもらえない願いだと思ったようで、肩を落としながらも笑った。
「今のは忘れてくださいませ。なにか他の願いを考え直します」
「待て待て」
勝手に思い込むギンに苦笑し、小さな頭を撫でる。
「私とコンが食べる分ならなにも問題はない。構わないよ」
「いいのですか?」
目を真ん丸にしたギンが、みるみるうちに満面に笑みを広げていく。
「ああ、もちろんだ。お前の考案したという甘味を食べられるのがとても楽しみだよ。早速、明日のおやつの甘味を作ってみるといい」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
今にも飛び跳ねそうなほど喜ぶギンに、もう一度「とても楽しみだ」と笑いかける。
「精一杯頑張ります! 今夜はお台所を使ってもよろしいでしょうか」
ギンの意気込みは相当で、どうやら徹夜する勢いのようだ。
「構わないよ。ただし、役目をきちんと果たすことを忘れないように」
「もちろんでございます!」
大きく頷いたギンは、珍しく落ち着きがなかったが、それだけ喜びが大きいのだと伝わってくる。
「さて、コンはどうする?」
一方、毎年我先にと願いを口にするコンが無言でいることを怪訝に思い、左隣にいるコンを見た。
すると、コンはなにか真剣に考え込んでいるようだった。
「……どうした、コン? いつもならすぐに願いを言うだろう」
「あの、雨天様……。今年のお願いは、いつもと違っても構いませんか?」
神妙な面持ちのコンは、どうやら私の予想に反したものを欲しているようだ。
「ああ。構わない。私ができることであればな」
「で、では……」
意を決したようなコンが、私を真っ直ぐ見つめてくる。
「ひかり様のご様子を見させていただきたいのですが……」
一拍置いてコンが口にしたのは、予想だにしない願いだった。
「ひかりの様子なら、週に一度見せてやっているではないか」
「はい。でも、そうではなくてですね……」
今年の夏、この屋敷にやってきた少女が去って、もう四ヶ月ほどだろうか。
ひかりのことを気にかけている私と同様に、コンの彼女への入れ込み様は相当なものだった。
恐らく、私たち三人の中で一番ひかりと過ごした時間が長いからだろう。
彼女は一日の大半をコンと過ごし、コンとともに家事やおつかいに勤しんでいた。
それ故に、ほとんどの家事をずっとひとりでこなしていたコンにとって、ひかりと過ごした日々はあまりにも有意義な時間になったに違いない。
最後に家まで彼女を送り届けたコンが、涙をこらえるギンとは違い、泣き腫らした目で帰ってきたことはよく覚えている。
「もっとたくさん、できれば半日ほど様子を見させてほしいのです」
「半日か……」
「半日が無理でしたら、数時間……! とにかく、いつもよりもたくさんひかり様のご様子を見ていたいのです」
コンとギンは、私がひとりでひかりの様子を見ていることは知っている。
ふたりには週に一度、一時間ほどしか見せてやっていないが、実は私だけは毎日のように彼女を見ているのだ。
とはいっても、一回に使う時間は数分程度だが、それでもコンにとっては羨ましいことに違いない。
「わかった」
「本当ですか?」
「ああ。ただし、条件がある」
「は、はい……」
「さすがにずっと見ているのは、ひかりに少し申し訳ないからな。ひかりが仕事をしている時間のみ、ということでどうだ?」
「はいっ……!」
コンは瞳をパッと輝かせると、すぐさま飛び上がった。
「ありがとうございます、雨天様! コンは嬉しゅうございます!」
術が解けて狐の姿になったコンは、縁側から庭に走り出し、雪の降る庭をクルクルと走り回った。
「コン、風邪を引くぞ」
「平気です! コンは嬉しくて嬉しくて、ちっとも寒くありませんから!」
大喜びするコンに苦笑を零すと、ギンも瞳を緩めている。
きっと、あんなにも嬉しそうな兄の姿を見られて、ギンも嬉しいのだろう。
ひかりがあるべき場所に帰ってからのコンは、いつも通り明るい笑顔を見せながらもときおり寂しそうな顔をしていた。
こんなにもはしゃぐコンを見たのは、随分と久しぶりだった。
きっと、ギンも安心しているに違いない。
「コン、そろそろ戻ってきなさい。風邪をひいてしまっては、願いを聞いてやれないぞ」
「はーい!」
素直に戻ってきたコンの体は、雪に塗れて真っ白だった。
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