山田太郎、異世界に転生するも失敗する!

皇魔ガトキ

【短編】 山田太郎、異世界に転生するも失敗する!

「フハハハハ!! よくぞここまで耐えた。我とこうして対峙できただけでも誉めてやろう。魔族の中でも貴様ほど強い者はそうはおらん。まさに、勇者と名乗るに相応しい働きであったぞ」

「魔王、アヴィアディ―ロ。第二形態なんて聞いてないっつーの……けどな、お前なんか、お前なんか、この勇者、タロウ・ヤマダが討ち取ってくれるわ!!」

 タロウは長い長い冒険と戦いの末、ようやく魔王の居城へとたどり着き、多くの犠牲の上魔王の玉座にまで辿り着いた。城の上空には暗雲が渦を巻いて立ち込めており、雷もずっと鳴りっぱなしだった。

 目の前には魔王と名乗る自分よりはるかに大きな甲虫のようなドラゴンが今にも口から炎を吐こうと身構えている。対してタロウはと言えば、全身傷だらけの上片膝を付いてうずくまり、腹部からの出血を左手で押さえていた。剣を握った右手も反応が鈍い……

「とは言ったものの……くそ、傷が思ったより深い……」

「どうした、苦しそうではないか。良かろう、ここまで戦った褒美だ。一瞬で楽にしてやる!」

 と、魔王が口から渦を巻いた炎を吐いて全てを焼き払おうとする。

「今度こそやられる――」タロウがそう感じ取った瞬間、考えるよりも早く体が勝手に動き出し、石造りの床の上に敷かれた真っ赤な長い絨毯の上を走って剣を構えると同時に魔法を唱えていた。

「稲妻よ、我を天へと導き暗雲を切り裂け!」

 剣の柄の末端に埋め込まれていた魔宝石が金色に輝き、それに呼応するかのように剣全体がスパークし始める。連続で吐かれる炎の猛攻を掻い潜り、魔王の足元で高々とジャンプし、軽々と魔王の頭頂部の高さを越える。

「何っ! まだそんな力が?!」

「この剣を折らなかった事を後悔するんだな! 奥義……雷電龍翔斬ドルエレ・ドラルティ!!」

 そう叫びながら、タロウは渾身の力を振り絞って剣を振り下ろす。すると巨大な稲妻が刃となり、魔王アヴィアディ―ロの頭を直撃。

「うぉぉぉぉぉぉっ! これが最後のチャンスなんだ、持ちこたえてくれ俺の体! でないと、今までの冒険も何もかもが無駄になる!!」

「お、おのれ……」

 そして魔王が手を伸ばしてタロウを掴もうとしてくる。だが、放たれた奥義の力は更に増大し、魔王の体内内部から所々稲妻が漏れ始める。

「なにぃっ?! だ、だがまだまだ……これくらいで我は倒せん――!」

「いや、お前の負けだ……全ての地象よ、逢瀬を今こそ重しとき……」

 奥義に続いて魔法を重ねる。首から下げたネックレスの石が赤く輝く。

「な、なんだ、その魔法は……」

 それは魔王も知らない未知の力だった。しかし、タロウはその疑問に答える事無く静かに発動の言葉を言い放つ。

原始邂逅プリミティヴァ・ソルト

「――――?!?!」

 次の瞬間、魔王の体は全体的に一瞬膨らんだかと思えば瞬時に集束。塩の一粒よりも更に小さくなったかと思えば凄まじい閃光を放ちながら弾き飛んでしまった。

 光の中でタロウが呟く。

「お前との戦い、楽しかったぜ……」


 城壁外で魔族たちと戦っていた兵士らは、突如として起こった凄まじい地響きにふと城を見上げる。城が吹き飛び、放たれた閃光の後に静かになりしばらくして、魔族らが魔王が倒されたと焦り始めて撤退していった。いつの間にかあんなにも分厚かった暗雲も合間合間から光が差して雲散霧消していく。単身突入した勇者が遂に魔王を討ち倒したのだと、誰もが確信していた。

 後方で回復魔法を使い、傷ついた兵士を懸命に看病し、癒していたリンノ王女も前衛の兵士達が歓声を上げた事に気が付きハッとする。

「タロウ様が……勝ったの?」

 するとすぐさま前衛から伝令兵が駆け足でやってきて、魔王討伐を勇者タロウがやってのけたと大声で宣言した。

「良かった……本当に良かった」

 思わず感極まって目じりに涙が溜まるのを、そっと指で拭った。改めて見渡せば周囲は疲弊した兵士達でいっぱいだ。これから国の復興に向けても忙しくなり、そこでも兵士達の力は必要なのだ。しかし今は、勇者となったタロウを出迎えるのが先決であろう。治療を受けていた兵士も声を振り絞って言った。

「ひ、姫様。私はもう大丈夫です。どうか勇者殿をお迎えして差し上げてください……」

「……はい!」

 ゆっくりと体を起こした兵士を気遣いながらも立ち上がるリンノ王女は、彼の無事を確認して魔王の城があった方向へと歩き出す。しかし逸る気持ちを抑えきれなかったのか、その足は徐々に速くなっていった。


 一方、城の跡地にも光は差し込み、気絶していたタロウの顔にも差し掛かる。

「う、うーん……」

 体を起こすと若干頭部にダメージを負っていたのか少し頭痛がしていた。腹部の傷は痛すぎて麻痺してしまったのか、出血の量に対してそれ程の痛みは感じない。

「あいつは、倒した……のか?」

 振り返り、どこを見渡しても魔王の姿は影も形も存在していなかった。

「やった……やったぞ! ついに、ついに魔王を倒したんだ! この俺が、ブラック企業に入社して人生諦めてた俺が! やったぞー!!! ててててて……叫んだら流石に傷が……」

 そう言って腹部をさすりながら、突入前に姫から貰った魔法薬の小瓶を取り出す。親指くらいのサイズで、宝石のようにカットされたガラス瓶の中には傷を癒す液体が入っており、優しくエメラルドグリーンに輝いている。コルクのように栓がされており、この蓋をポンッと外すと迷うことなく腹部にかけた。するとみるみるうちに傷が塞がっていく。

「ふぅ、最後に一個残ってて助かったぜ……ん?」

 すると、かつて城を支えていたであろう巨大な柱の片隅で「チリチリ」とする音が聞こえた。

 タロウはよっこらせと立ち上がると、近寄ろうとする。しかし実際かなり無理をしていたのだろう。戦闘で放出されていたアドレナリンはとっくに無くなり、自分の体がこんなにも重かったのかと実感させられる。若干足を引き摺りながら音の出所へと向かった。すると、小さいながらも真っ黒な円が渦を巻いており、中から怪しげな粒子が少しずつ漏れてきているようだ。

「……こいつは……そうか、最後の魔法重ね掛けしたせいで、空間に穴が開いちゃったんだな」

 タロウは悟る。この穴の向こうは間違いなく魔界と呼ばれる魔族の本拠地へと繋がっているのだろう、と。

「う~ん、俺のせい、なのかなあ。どっちにしろこのままって状態はまずい気がするけど……封じる方法も分からないからなあ……小さいから良いか? 良いよな! よし、見なかった事に――」

 変な決断をしようとしたその時だった。

「タロウ様!!」

 背後からいきなり呼ばれてビックリしつつ振り返ると、そこには王女が息を切らせて立っていた。ここまで走ってやって来たのは明白だった。

「リ、リンノ王女……」

「ついに魔王を倒されたんですね!」

「え、ええ。まあ……」

 タロウは「穴」の事を話すべきか少し悩んだが、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた姫と抱き合い、そんなことはどうでも良くなってしまった。

「やりましたね! 私、タロウ様ならきっとやってくださると信じていました!」

「お、俺も、王女の喜んだ顔が見れて安心しました」

「あなたのおかげです!」


 その後、タロウは王女とひと時の甘い逢瀬を楽しんだ後に城へ戻り王に報告。

 三日三晩開かれた宴に身を投じるも、やはり「穴」の事が気になりしばらくして調査へとまた旅立って行った。正直、王女との婚姻も決まっており葛藤に葛藤を重ねたものの、王女を含め、皆には魔族の残党を狩りつつ、平和になった各地の様子を見て回りたいからとだけ告げて――。

 そしてかつての旅の途中に知り合った森の賢者、クトゥと再会する。賢者は年老いたエルフで、かつてはエルフの里の長を務めていた者だった。もう二千年以上生きており、にも関わらずエッチな事には興味深々の困った爺さんである。それでも知識だけは豊富で、様々な事象に精通していた。

 そこでタロウは彼の好きな果実酒を手土産に相談しに来たのである。

 二人でゆっくりと酒を傾けながら話しをしていた。

「ふーむ、成る程。魔法によって開けられた穴ねえ……ワシも現物を見てみん事には何とも言えんが」

「だよなあ。流石のクトゥ爺さんでも分からんか」

「何より、元々魔法なる物はお主が発明した「事象」ゆえに、ワシも仕組みこそ理解すれどその副作用的な症状ともなればとても見当もつかぬ。

 仮に現地に行くとしても、魔王の居城と言えば北の大地の最果てであろう? 寄る年波には勝てんよ」

「ごもっとも」

 もっとも、タロウの魔法を使って飛んでいくなんて事も可能だったがそれでも数時間の空の旅は老体には酷な代物だった。

「じゃが、やつら魔族も元々は魔界よりやってきたモノ。聞けばゲートを開くのに数万年の時を要したとかどうとか。更にそれ程の小さな穴ともなれば、例え魔族であってもそう易々と通れる代物ではあるまい」

「そうだよなあ。城の地下にあったゲートは突入した時にぶっ壊したし、気にすることも無いのかもな」

「うむ。仮に数万年後魔族がまたやってきたとしても、その時はお前さんもワシもとっくに死んでおるしなあ。何しろお前さんは仮にもあの魔王を倒して世界を救ったんじゃ。内緒にしておいても罰は当たらんじゃろう」

「だよな! そっか、そうだよな。ならまあいっか、どうせ死んでるし」

「そうじゃそうじゃ! だーっはっはっはっは」

「あーっはっはっはっは」


 

 「って、そんなわけないんですよ。こういう事されると困るんですよね山田さん」

「ですよねー……」

 タロウ・ヤマダこと、山田太郎は夜になって宿へ帰るなり自室でお説教を受けていた。

 床に正座させられ、相手の男はこの部屋に唯一ある椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいる。決して太っている訳ではなく細身でありながら筋肉質なガタイには、皴一つ無いシャツに装飾の施されたえんじ色のベストと紺のジャケット。右目にはモノクルをかけ、その奥では糸のように細い目が光っている。オールバックに整えられた髪に、靴の先までピカピカに磨き上げられたその姿は、一見しただけで只者ではないと思わせるに十分な風格を漂わせていた。

「何の為に我々時空管理局が、わざわざあなたを転生させたかご存じですか?」

 太郎もそうだが、この男もこの世界の住人では無かった。太郎は普通の現代社会でブラック企業に勤めていた青年だが、この男は時空という高次元で世界を管理する立場の人間のようだった。

「それは、この世界の魔王を倒すために――」

「違います。この世界を平和にするためです」

「……」

「ちなみにあなたが開けた「穴」、いわゆる時空の歪みは通常であれば簡単に閉じることも可能なのです。むしろ閉じれない方がおかしい」

「え?! 閉じれるの?! なんだテルミン。それならそうと早く言ってよ」

 一途の希望を見た太郎はパァッと顔を輝かせる。だが、その希望はテルミンと呼ばれたこの男の咳払いと共にすぐさま打ち砕かれた。

「その名で呼ばないでいただきたい。私の名はテルマイヤーです。まったく何度言えば……

 まあ良い、話を続けましょう。

 先ほど閉じれると言いましたが、通常ならば、とも言ったはずです。我々が行っている転生行為も似て非なる技術を用いていますからね。しかしあなたが行った事は、魔法という「外部」からの力を借り出して世界に顕現させるという、ある種の空間侵略行為と呼んでも良い。更にその力を行使して空間に損傷を与えたとなれば、被害のほどは天文学的数値に匹敵する」

「て、天文学的……」

「これは確率の問題ですが、今この瞬間にも先の「穴」がブラックホール化してここ周辺の星系を飲み込んでもおかしくない。そういう話です」

「まじっすか……」

「まじっす。とは言え、今回は私の監督不行き届きもありました。それに魔王を倒せた功績は大きい」

「だ、だよな! 俺、頑張ったよな! 剣とモンスターだけだったこの世界に、魔法の体系作ったんだぜ?! そのおかげで魔王も倒せたんだし!」

「調子に乗らないでください」

「すみません……ていうか、それじゃあどうするんだよ?」

「やってしまったことは仕方ありません。私の計算によれば、あと十万年少々もすればあの穴は爆発的に広がります。その時、魔界からの本隊がやってくるでしょう」

「ほ、本隊……? 魔王は倒したぜ?」

 そんな話は聞いていないし、話が違うと言いたげに太郎は驚いた。

「あなたが倒した魔王、アヴィアディ―ロはただの偵察部隊を収めている、いわば部隊長に過ぎません」

「……は?」

 愕然とした。これまでの辛く苦しかった長き冒険生活が走馬灯のように蘇る。

「ちょ、ちょっと待ってよテルミン。だって、アヴィアディ―ロを倒す為にどれだけ犠牲が出たか分かってるのか? それが何だ、実際はただの偵察部隊? どういう事だよ!」

「いずれあれより強力な九体の魔王たちと共に、それらを束ねる大魔王の軍勢が訪れるのは時間の問題ということですよ」

「あ、あの魔王より強力なやつがそんなに?!」

「とはいえ、あなたにその大魔王が倒せるとも思えませんし、賢者殿が言う通りもう死んでいます」

「つまり?」

「つまり、我々はせめてあの穴がブラックホール化しないのを祈りましょう。完全に封じることはできませんが、一時的なバリアを張っておくくらいはできますし。そして、来るべき次の世代に託すのです」

「次の世代?」

「十万年もあれば、あなたが基礎を気付いた魔法体系は大きく進歩することでしょう。そうすれば、きっと大魔王を倒す算段も出来るかもしれない。当然、我々時空管理局にも探知される」

「あの、それってつまり……」

「人間というのは進化する生き物です。今は無理でも、未来ならあるいは。

 幸いなことに、穴はとても小さく分かり辛い。魔王の居城跡もあんな北の僻地では再開発に利用する事もないので、いずれ遺跡となり風化する。一応上層部にはこの任務は失敗と告げておきますけど、悲観することはありません。ただ……」

「ただ?」

「この世界の住人には秘密にしておきましょう。無駄に不安を煽るのもよろしくない」

「け、けど、いずれくる災厄が分かってるならそれに向かって何か対策が生まれるんじゃ」

「ではお聞きしますが、あなたの元居た世界で何万年も昔から残っている教訓などはありますか? ありません。人はいずれ忘れます。そういう生き物だからです」

「さっきと言ってることが違うような……でも、良いのかよ?」

 ここまで喋って喉が渇いたのか、紅茶を飲み干してテルミンは立ち上がった。

「確かに今回の件で私の評価は少し下がるかもしれません。とは言え、同時に私は人の可能性も信じているのですよ」

「……なんか、きれいな事言って誤魔化そうとしてない?」

「とんでもない。私はあなたをこの世界に連れてきて、あなたは魔法という希望の種を撒いた。それだけの話です」

 今一つ釈然としない太郎だったが、十万年後の、それもあの魔王より強いやつらがわんさか来る事への責任など追いきれないと思い、自分も考えるのをやめることにするのであった……

「そうなのかな……うん、そうかもしれないな!」


 ――約十万年後。

 高次元にあるとされる時空管理局。その片隅のパーテーションで仕切られたミーティングルームには、二人の少女が座っていた。スーツのような制服を来た髪の長い少女は、端末片手に何やら操作しているここの管理員。もう一人はケモ耳を生やした現場の捜査官の少女だ。二人とも歳は十代の後半あたりだろうか。若く初々しいながらも活気に溢れている。

「ついに初任務かー。何か緊張してきた」

 端末をいじっている方の少女が良い任務の案件を見つけたのか、嬉しそうな顔をする。

「えーっと、何々……え、こんな中世みたいな世界に大魔王が攻めてきてるとかマジかよ。ファンタジーじゃん。ちょっと面白そうなんじゃね?」

「そ、そんな世界に行けってことなの? 大魔王とか昔話でしか読んだ事無い――」


 と、この少女たちがあの世界に導かれることになるのだが、それはまた別のお話なのである――。


 <終>

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