第14話

 翌翌日は三崎漁港の一角を貸し切っての撮影会だった。


 同じ事務所のグラドルである私、雪乃、碧が、露出度高めな海女さんの格好になったり、大漁旗その他を纏ったり、タコや帆立の貝殻等を各所に用いたりした様子を、お客さんがいろんな角度や場所で写真を撮るだけなのだが、夏に行われる魚介シリーズは美味しいマグロ弁当もつき、好評だった。


 雪乃と目を合わせると一昨日のことを思い出しそうでまだ辛かったが、控室でセクシー人魚に着替えていると、雪乃から話しかけてきた。


「一昨日はヤバかったねー。大丈夫だった?」


 少し心配そうに私の顔を見つめる表情は、フェイクか否か。同じ事務所所属のギャラ飲みスタッフに対する気遣いか友情か。


「大丈夫だよ。慣れてるし」

いや複数とか初めてだし、そこまで慣れたくない気もするし。


 そこへマネージャーが駆け込んできて言った。

「本日の撮影会は二名で行うことになりました」

 丁重な姿勢で、客に謝っている。お嬢様タレントの碧が来ていない。


 数時間後、碧が失恋を苦にして体調を崩して撮影会をお休みしたことが判明し、お見舞いに行くことになった。会が終了し、マネージャーの車で、雪乃と碧の家に向かう。


「セックスなんて、誰とやってもやることとか流れとかあんまり変わんないし。長いとか太いとか硬いとか柔らかいとかの個体差はあるけどね。ある程度の金出せば、どのワインもまあまあ美味しいのと一緒」


 失恋の慰めをしていたはずなのに、いつの間にかセックス談義になっている。そういえば雪乃は、結局雅哉のことをどう思っていたのだろう。


「そんな……好きな人とだったら、ぎゅってしてるだけで気持ちいいです。セックスは特別な行為だと思う」


 碧はまだピュアだ。私もこんな時代があったのだろうか。


「この人しかいない、この人が私の運命かもしれないって思っちゃってなかった? それって幸せだけど、その分リスクが高い行為だよ。私も高校時代に処女を奪われて結婚しようと言われてたのに三股かけられてて、マンションの屋上に足かけたことある。大体女子は初めての男とか、身体を重ねた相手を特別視しすぎちゃうんだよ。不公平だよ、神様。あいつら男は私たちのこと、穴とか山としか見てないのに」


「先輩は、どう思いますか?」


 矛先がこっちにきた。私は迷ってる。セックスと愛情、身体的快感と愛おしさを、雪乃ほど分けて考えることはまだできない。


 かと言って碧のように純粋でもいられない。好きすぎて関係を壊すのが怖くて、セックスできない時さえある。


「やっぱり誰とするかによるんじゃない? 大好きな人となら、キスだけでも特別」


 経験も知識も浅い私は、これが精いっぱいだった。そして雪乃もいろいろあって、今の雪乃になったんだなと思う。


 雅哉と会って軽井沢での夜を経て、少しは変われた気がする。


 性愛に溺れるのも楽しいかもしれないが、私にとってはあの夏の日、雅哉に会わなきゃ出会えなかった自分がいた。


 青い空の下で汗をダラダラ流しながらも、愚かな女なりのかけがえのない時間があった。


 しかし雅哉にとっては、単なるゲーム攻略の一貫でしかなかった。


 キモオヤジAと組み、これから上場しそうな起業家を様々な手段で接待し、未上場株を入手し儲けるためで、私は彼のビジネスを円滑に進めるコマだった。


 妻が鍵垢にしていたのも雅哉に妻子がいる事が女子たちに公になり、彼の仕事に差し障りが出ないようにする配慮だったのだろう。ただ身内には、妻や母として日々頑張り、愛されていることを知らせたかったのだと思う。


 でもそれでも心の中だけで想うことを許されるならば、私は雅哉が好きだった。


 時折悲しみに包まれる瞳も、柔らかい唇も、よく響く低い声も、ツッコミが激しいところも、励ましてくれるところも、花筏を一緒に見ようと言ってくれたところも、嘘つきなところも、妻子を大切に思っているところも、一度もしてくれなかったところも、私を好きではなかったところも、全部全部好きだった。男というより一人の人間として愛していた。

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