第9話

 四谷にあるニューオータニに着くと、結婚式会場の入り口は人でごった返していた。とりあえずざっと見るがいない。さすがに会場に入るわけにはいかないので近くのトイレにいくと、妻のInstagramでよく見る女子たちのオンパレードだった。


 とにかく全国各地の肉料理ばかりをInstagramに挙げている文字通り肉食女子、街で見つけたヘンな看板ばかりをアップしている看板女子、半年おきに太ったり痩せたりを繰り返し痩せ幅の世界大会に挑戦しているダイエット女子など、ほぼ毎日欠かさず雅哉や妻や妻の友人のInstagramをチェックしていた私にとっては、脳内友達にやっと会えたような親近感。一人オフ会状態だ。


 いや何をしに来たか忘れたの? 気を取り直すと、化粧直しをしている妻を発見した。実物の彼女は可憐な白いユリの花のようで、写真や動画で見るよりずっと美しい。再び全身の血が後頭部に集まり始めた私は隣の鏡の前で、エレガンスのラ・プードルのコンパクトを開く。妻は形のいい唇に、ディオールのルージュを塗っている。


「浮気するってことは、それだけ自分の旦那が女にモテるってことでしょ? それって、魅力があるってことじゃない? それって妻として誇らしくない?」

 妻がルージュをなじませるために、唇をウパウパしながら言っている。


「旦那が他の女に盗られて、悔しくないの?」

 リップグロウオイルを塗っていた肉食女子が、驚いた様子で尋ねた。


「盗られてないし、盗られないようにかわいい子供作って美味しいご飯作って、自分を磨けばいいだけじゃない? でもそもそも浮気って、妻のところにちゃんと戻ってくるから浮気でしょ? 本気じゃないから浮気でしょ?」


「確かに! 子供は母がみてくれるし、今日は朝まで語ろう」肉食女子の声も弾んでいる。


 全身を包む敗北感。後頭部に集まった血が引いていく。美しさだけでなく気持ちでも負けている。一度きりのキスだけで不倫認定してもらえるかは微妙だが、才色兼備な彼女に対し、良心の呵責を感じることもできない。


 ショックではあったがあまりに完敗だと、嫉妬ではなくあきらめの境地に降り立ってしまい逆に相手に対する応援心が芽生えるのは、ドラマのオーディションで前のほうにいた女子が、圧倒的ハイスペックである時と一緒。自分の心を守るための防衛反応か、エゴか、単なるお人よしなのか。答えは出ない。

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