第8話
雅哉のInstagramから飛んだ、同じハムスターの名前の後に生年月日らしき数字の羅列がある垢は、妻の垢らしかった。同じく鍵垢だったので、雅哉の時のようにリクエストすると次の日に承認された。
妻の垢では、毎日のように手の込んだ料理が投稿され、ピラティス等で体系維持している様子が伺えた。時々雅哉とキスしたり抱き合っている様子を「娘ちゃんに撮ってもらいました♡」との書き込みとともに投稿し、クリスマスなどにはエルメスのバッグやブルガリの指輪などを送り合っていた。
雅哉と妻子で作ったケーキの写真や、部屋着で雅哉が妻の前髪を切っている動画など、ハム垢の全ての情報が小さなナイフとなって私の心をぐさぐさと刺し、血を流させた。
心が痛くてたまらないのに、もっと雅哉の家族写真を見たかった。雅哉のことを知りたかったからなのか、傷ついて血を流したかったからなのかわからなかった。
あまり更新されない雅哉のInstagramより、妻のInstagramを見る時間の方が長かった。最初妻の垢を目にしたときは、ショックだし羨ましく感じた。が、よく見るとフォロワーは百二十四人で二十万人超えている私の垢より少なく、スポンサーがついているわけでもなさそうなのに頑張って毎日更新している様子を見ているうちに、これは妻なりの戦いなのではないかと思い始めた。
妻の人脈であればもっとフォロワーが増えそうなのに、ただ身内に見せるためのパフォーマンスのようだった。
本物の妻と娘を見たくてたまらなくなった私は、雅哉の車に乗っている時、雅哉が煙草を買いに行っている間にカーナビの「自宅」と書かれている住所を、スマホで撮影する。
胸をドキドキさせながら、タクシーから恵比寿の住宅街に降り立つ。「自宅」の住所の場所には「一条」という表札がかかったモダンな一軒家が建っていた。浜田山にある我が家より小さくて少し安心する。
玄関わきに置いてあるピンクのお花のサンダルもまだ小さい。通りを挟んだ家のフェンスの陰に隠れて、数時間粘った。あたりが暗くなるころリビングと見られる二階部屋で点いた明かりは、田舎の祖母を思わせる温かい光に満ちていた。
妻は地方局の元アナウンサーで、今度の土曜日に系列局のアナウンサーの結婚式に出席することはInstagramから推測できた。鍵垢であることで安心しきっているのか、彼女のストーリーはご丁寧に披露宴が始まる時間や、ホテル名まで教えてくれた。
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