第7話
雅哉とは毎週のように会っていたが、体の関係はおろか、キスさえも満月の晩以来したことはなかった。彼とは一般的な男女がなんとなくしてしまうように安易に身体を重ねたくないような気がしたし、痛みを伴った満月の下での甘いキスを、ベッド上のありがちなキスで上書きしたくないとも思った。
私が「こんなことを言ったら嫌われるだろうな」と思い、今まで誰にも言えなかったトークを披露すると、「キモい!」と整った顔を歪めながらも毎回ちゃんと突っ込んでくれた。
思えば人が嫌がる顔を見るのは、ほとんど初めてだった。いつも両親や教師や事務所の顔色を伺い、先回りしていい子や、命じられるままにおバカギャルを演じてきた。期待に応えた時だけは、みんな笑顔を見せてくれた。
特に教育熱心だった母は、私が幼い頃から知育や英語やバレエやヴァイオリンのお教室に通わせたが、普段はほとんど表情を変えず、他の子供より早く上手にできたり進級した時だけ微笑を浮かべた。私はもっと友達と遊んだり、本を読んだり、何もしなくても抱きしめてほしかったのに。
そして大して頭も愛想も良くなかった六歳の私に「あなたの可能性を広げるため」という大義名分の下、分不相応な難関小学校を受験させ、結果全落ちさせた。母の第一志望校に落ちた日に言われた「あなたにいくらかけたと思ってるの? あなたのせいで、私の人生めちゃくちゃよ!」という言葉は、今でも私の心に巣喰っている。
公立小学校に通うことになり父や親戚などに対し立つ瀬がなくなった母を、少しでも怒らせず喜ばせるために、私は勉強も運動も頑張った。学級委員体質は、その時身についたものだ。
でも本当に欲しかったのは、自分を殺して得た笑顔ではなかった。雅哉の歪んだ顔が見たくて、誰の物真似でもないダジャレやトークの戦闘能力はどんどん上がっていき、ネットテレビでも撮れ高に貢献することが増えた。
ギャル髪やギャルメイクに違和感を感じていた私は、雅哉の隣にいてもおかしくない髪型やメイクを選ぶようになった。バッサリ切った黒髪ショートにシンプルなワンピースは、最初は驚かれたものの、概ね高評だった。
そういえば雅哉のInstagramはスイーツ版以外見つからないでいたが、ある時ふと思いついて彼が飼っているジャンガリアンハムスターの名前の後に彼の生年月日を入れて検索したら、一件だけヒットした垢があった。
鍵がかかっていたので、雅哉のFacebookで友達になっている人の名前を少し変えた垢を作りフォローリクエストを送信したら、その日のうちに承認された。
ハムスター垢をドキドキしながら見てみると、自分と全然違うタイプのお嬢様系女性と、瞳の大きな五歳位の女の子と、そして雅哉が、お揃いのネズ耳をつけてピースしている写真が、目に飛び込んできた。
瞳の奥がジンジンして、全身の血が後頭部に一気に集まったような気がした。疑似家族として夢の国に遊びに来ている可能性も否定はできないが、どう見ても雅也に妻子がいると考えざるをえなかった。
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