第4話

「早う、早う」


 また、声が聴こえてきた。先ほど聴こえた声よりもはっきり、大きく聴こえた。あともう少し、と思ったら不思議と力が湧いてきた。ほうほうのていで、少女が最後の一段を上りきると、『よろず屋コンコン』という暖簾が掲げられた一軒の屋台が出現し、屋台を取り囲むようにして金色の稲穂がゆらゆらと揺蕩っていた。此処彼処から聴こえてくる祭囃子の楽し気な音色に少女が耳をすましていると、屋台のカウンターテーブル越しから白いお狐さまがひょっこり顔を出し、


「ようおいでたなもし、遠路はるばるようこそ、ようこそ! 今宵は特別大サービス! 気まぐれ店主で有名なコンコンさまが、そなたの願いを叶えてしんぜよう! そこの女童、こっちへ来い。うちの使いの狐たちから巻物を受け取ったであろう?」

 と言った。


 少女はおそるおそる白いお狐さまに近付き、巻物を手渡した。お狐さまは巻物の紐をひゅるると解き、


「ふむふむ。なるほど、なるほど」

 と独り言ちた後で、少女に、


「そなたの事情はよう分かった。して、そなたはどうしたい?」

 と尋いてきたので、


「みんなに、もっと、やさしくされたい。ぶたれたり、けられたり、痛い思いをするのはもういやだっ!」

 と、ぽろぽろと大粒の涙を零しながら答えた。

 

「よかろう、よかろう。今宵、うちは、がいに機嫌がええ。そなたの願い、叶えてしんぜようぞな」


 お狐さまは、目を細めながら言った。


「ほんとう?」


「ああ、本当じゃとも。ただし、タダでそなたの願い叶えちゃるほど、うちはお人好しやない。お代はきっちり頂戴するがええか?」


「えっ? わたし、おかねもってない」


 少女が不安そうに言うと、お狐さまは、


「金なんか要らん。お代は、そうじゃのぉ……そなたの寿命半分でどうじゃろか?」

 と、言った。少女は迷わず首を縦に振った。


「ならば、商談は成立じゃ。契約書の代わりにこの『鍵』肌身離さず持っとれ。返品交換は一切受け付けん。では、今宵は閉店としよう」


 お狐さまが投げた、十手みたいな形をした「鍵」を少女が受け取ると、少女の眼前に広がっていた世界は夜闇に呑み込まれ、少女の意識は途切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る