彼の過去

 まだ、自分が八歳になる前の話だ。

 朝陽はとある日に、静かに涙を流している自分の父親の姿を見たのだ。


『どうしたの……お父さん』


 そして、朝日は


『いっ』


 だが、帰ってきたのは自分のことを拒絶する父親の拳である。


『お前は俺の息子じゃないっ!!!』


 恐らく、彼は忘れることはないだろう。

 泣きはらした表情で自分を叩き、絶叫した───実の父ではなかった男の相貌を。


 ■■■■■


 きっかけは何だったのか。 

 それは当時七歳であった朝陽の知るところではなかった。


『ごめんなさい、ごめんなさい……貴方ぁぁぁぁぁ!!!』


 だが、原因は知っていた。

 直接的な原因としては自分が父の本当の子供ではなかったことだ。


 表向きはキラキラとしてテレビ業界は、しかしその裏側は非常に汚いものである。

 反社とも繋がりの深いお笑い事務所であったり、トップが性犯罪者であったアイドル事務所。

 そこにキラキラとしたものなどない。

 朝陽の母親はそんな芸能界で歌姫として活躍していた人物である。


 母親は結婚した後も、大御所のお笑い芸人を始めとする様々な人たちから股を開くことを強制されていたのだ。

 そこにあるのは成人女性が成人男性と性行為をしたという事実。あくまで不倫という民事にしかならない事案。

 それでも、決して照らされることのなかった業界の中に存在していた見えざる圧力は、拒絶出来るものなどではない。

 

 朝陽は母親が抱かされていた芸能人やスポンサー企業の誰かの子供だったのだ。

 それを何がきっかけか朝陽の父親であった人が知ってしまった。



『……』



 朝陽の家族が崩れ去るのは一瞬だった。

 両親は離婚。

 自分を引き取ることになった母親は精神を病み、芸能間を引退して精神科に入院することになった。

 

『……』


 だが、そんな中でも朝陽は天才だったのだろう。

 持ち前のカリスマ性、スター性で母親が入院している間、引き取ってくれることになった母親とは不仲であまり会ったことのなかった祖父母の心を掴んで見せた。

 一先ず、朝陽は穏やかな生活を維持することだけは出来た。


『ふんふんふーん』


 それから朝陽は。

 祖父母と暮らす傍らで、自分と母親を繋ぐ大切な記憶であった歌。

 母親から教わった歌を、母親が入院している精神病棟で歌い続けていた。少しでも、母親に安らいでほしくて。

 自分とまた一緒に暮らせるようになってほしくて。



『うるさいっ!うるさぁい!もう、思い出させないでよぉ!』



 許さない。

 許さない。許さない。許さない。

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……



 ■■■■■

 

 朝陽を引き取った祖父母は既に故人。

 二人が残した遺産はなく、もう既に母親の貯金はない。

 朝陽は今も入院を続けている母親の入院費を払い続けながら、たった一人で暮らしていた。

 





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