ピアス
「うぅ……私も食べたかった」
物寂しそうに朝陽のローストビーフ丼を眺めながら、白米を食べているヤンデレストーカーを見るのは彼にとって実にいいおかずとなった。
他人の不幸は蜜の味というのは良く行ったものである。
「僕が炊いた白米を上げただろう」
「嫌だよ、私だってローストビーフ丼を食べ……うん?朝陽くんが炊いた白米か……ふへへ、それは、それでいいかもぉ」
不満を見せるヤンデレストーカーではあったが、朝陽の炊いたお米という言葉に一瞬で陥落し、だらしない表情を見せる。
そんな彼女に対して朝陽は複雑そうな表情を見せる。
Sっ気の強い彼としては出来るだけヤンデレストーカーには悲し気な表情を浮かべていてほしかった。
「……」
謎に幸せそうだったヤンデレストーカーに興味を失った朝陽はそのまま彼女の方から視線を外す。
そして、朝日はその手を自身の座るソファの前に置いているサイドテーブルの上に積み上げていた小説の方に伸ばす。
「ふんふんふーん」
半ば無意識に鼻歌を歌っている朝陽は小説を開いて文字へと視線を滑らせていく。
そして、彼が読み進めていく中で徐々に朝日の鼻歌は小さくなっていった。
「……」
この場に降り立った沈黙の中で、ヤンデレストーカーは恍惚とした表情で朝陽の横顔を眺めている。
当たり前のようにソファでくつろいでいる朝陽の隣を陣取るヤンデレストーカーに対して、彼ももはや慣れてしまったのか、何も言う様子は見せていなかった。
「ピアス、綺麗だね」
そんな中でヤンデレストーカーはそっと朝陽の方へと腕を伸ばしていく。
彼女の手が朝陽の片目を隠すほどに長い綺麗な黒髪をかき分け、それに隠されていた多くのピアスによって飾られている
「……えっ、何?」
それを受けて朝陽は煩わしそうな表情を浮かべながら、視線をヤンデレストーカーの方へと送る。
「いや、ピアスがカッコいいなぁ、って思って。私はその、ピアスが怖くてなかなか開けにくいから」
「ふふふ……なら、お前にも開けてやるよ」
ピアスを開けるのが怖い。
そう告げるヤンデレストーカーを前にこれまた意地の悪い笑みを浮かべ始めた朝陽が楽し気に言葉を告げ、小説に栞を挟んでサイドテーブルへと再び置く。
そして、そんな彼が手に取るのはピアスを開けるのに使うピアッサーである。
「えっ、ぴ、ピアスを……?」
「おう。ピアッサーならあるからね」
「ちょ、ちょっと待ってほしいな……ぴ、ピアスは怖いかなぁ」
「あー、ピアスをするときはなぁー。手元に相手の頭があると助かるから、膝枕とかするんだけどなぁー」
「今すぐやろうか」
ヤンデレストーカーは三秒で陥落した。
「……っ」
ということでピアッサーを手にした朝陽は自分の膝の上にヤンデレストーカーを寝かせ、ピアスを開けようと彼女の耳へと触れるのだが。
「めっちゃ揺れているんだけど」
信じられないほどに全身を振動させるヤンデレストーカーへと朝陽は真顔でツッコむ。
バイブかってくらい揺れていた。
「いや、その、怖いのと……あ、朝陽くんの膝枕が幸せ過ぎてぇ」
「……」
これだけ揺れている状態ではピアッサーを安全に使うことなど出来ない。
確実に手元がブレる。
「……よし、膝枕は辞めだ。立て、椅子にお前を固定してやる」
「えっ!?ちょっと待って!朝陽くんの膝枕がないのはちょっと話と違うというか……」
「うるさい!」
ヤンデレストーカーの言葉を一瞬で棄却した朝陽はそのまま彼女を椅子へと座らせ、そのまま体をロープで手際よく縛っていく。
震えないようにガチガチに、頭まで固定してしまう。
「これで良し」
「あ、あの……あの……これは、なんでしょうか?」
ガチガチに拘束されているヤンデレストーカーは頬を引き攣らせながら朝陽の方へと視線を送る。
「ふふふ……」
そんなヤンデレストーカーに対して、朝陽は心底楽しそうな笑みを浮かべる。
この光景を端から見て、朝陽ではなくヤンデレストーカーの方が不法侵入にストーキング行為を繰り返すヤバい犯罪者であることを把握出来るものはないだろう。
「ふぇ、ふぇ……ふぇ」
「はーい、少しだけチクっとしますねー」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!」
そんなこんなで朝陽の暮らすマンション中にヤンデレストーカーの悲鳴が響き渡るのだった。
そして、
「ちっ!何をしているのだ……バカップルはぁぁぁぁああああああ!私も、私もぉ!彼氏が欲しいぃ!頑張ってねぇ!って褒めてくれる彼氏がほじぃよぉ!」
朝陽の隣の部屋に暮らす限界社畜OLが消費するビール缶の量は飛躍的に上昇していくのだった。
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