夕食

「お邪魔しまーす」


 急に家の方へと押しかけて来たヤンデレストーカーに半ば呆れたような視線を送る朝陽はそれでも受け入れて彼女をあたりまえのように家へと上げる。

 朝陽がこのヤンデレストーカーにストーキング行為をされていることに気付いたのは半年前、彼女が当たり前のように自分へと話しかけてきたのは五か月前。

 家へと上がりこんでくるようになったのは三か月前だ。

 既に朝陽も慣れてしまっている。


「ふふっ、朝陽の匂いだ。落ち着くぅー」


「勝手に人の家の匂いで落ち着かないでほしいのだけど」


「しょうがないよぉ、これは……朝陽が殺人級の良い匂いを醸しだしているから」


「それでしょうがいないって言われてもあまりピンとこないけどね?」

 

「それで……今は夕食作っているの?わぁ、美味しそうなローストビーフだね。もう完成なのかな?」


「んっ?そうだね。既にソースも出来ているし、後は盛り付けるだけだよ」


 ヤンデレストーカーが入ってこれないように自室の扉を締めて鍵をかけてから彼女のいるリビングにいるやってきた朝陽は軽い口調で彼女の言葉に答える。


「よぉーし!それじゃあ、私の包丁さばきで仕上げを済ませちゃおうかな!」

 

 キッチンに置かれているまな板の上に乗せられている


「待ーて、待て待て。お前は包丁持つな。マジで」



 朝陽の頭に浮かぶのは彼女が自分の家に押しかけて来たばかりの頃、どうせなら家事でもさせようと包丁を持たせた際、ざっくりと指を切った光景である。

 

「むぅ、これでも私は料理出来るんだよ?」


 慌てて止めに入った朝陽に対してヤンデレストーカーは不満げに声を上げる。


「だとしても見てて怖いんだよ」


「そ、そんなっ!まるで私がドジっ子であるかのように!」


「家の場所を間違えていた奴の言葉か?それが」


「うっ……」


 ヤンデレストーカーは朝陽の言葉を受けて一瞬で押し黙る。

 それを言われたら反論の余地などまるでなかった。


「先に座って待ってて。ローストビーフを完成させてもっていくから」


「……はーい」


 完全に言い負かされてしまったヤンデレストーカーは不満げにしながら大人しく言われた通りにダイニングテーブルの方へと向かっていく。


「ふんふんふーん」


 そんなヤンデレストーカーを見送った朝陽は地味にレベルの高い鼻歌を歌いながらローストビーフを包丁で切っていく。


「出来たよ」


 素早い慣れた手付きで切り終えた朝陽は一つのどんぶりと茶碗をもってダイニングテーブルの方に向かっていく。

 自分の前に置くのはもちろん先ほど完成させたローストビーフ丼である。


「……これだけ?」


 だがしかし、朝陽がヤンデレストーカーの前に置いたのは茶碗に入った何もかかっていない白米だけであった。

 それを前にしたヤンデレストーカーは当然の如く呆気に取られた表情を浮かべて疑問の声を上げる。


「ふっ。いきなり家へと押しかけて来たお前に料理なんてあるわけないだろ、白米出してやっているだけ感謝しろよ」


「ふぇぇぇぇぇ、私も食べたかったよぉ!」


 白米を前に涙目になっているヤンデレストーカーを見て意地の悪い楽し気な笑みを浮かべた朝陽は、そのまま彼女の前で自分の前にあるローストビーフ丼へと箸を進めるのだった。

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