第2節 配信少女、コスプレイヤーになる

 魔法少女プリンス☆プリンセス。


 私が大好きだったアニメだ。


 一説には、実在の人物を元にした作品だ……とも言われている。



 プリアックスは、その作品の魔法少女の一人。


 黒くてシャープな、少し露出多めな衣装がとっても似合う子。


 冷静沈着で、でも情に厚くて。クールに敵の関節を折り砕く魔法少女だった。



 で。財布をなくして途方に暮れていたお姉さんは。



「ごめんね、ゆみかちゃん。これ、よければ」


「いえそんな。ありがとうございます、えっと……亜紀あきさん」



 小野 亜紀あきと名乗るコスプレイヤーさんだった。


 ここは彼女のマンションのおへや。


 楽な恰好……じゃなくて、なぜかパリッとしたスーツに着替えた亜紀さんが、ココアを出してくれた。



「本当に助かったわ。こちらこそ、ありがとう」



 自販機の影で見た時は、なにかそりゃあもう鬱々うつうつとしたお顔だったけど。


 タクシーの中で、なぜか不安そうな顔でずっと手を握られていたけれど。


 今は穏やかで明るい表情で……素敵な大人の女性って感じだ。



「災難でしたね。お財布、とられちゃうなんて」



 亜紀さんに、聞いたところによると。


 コスプレ会場から帰ろうとしたら、着てきた服も荷物もなくなっていた、らしい。


 彷徨ってるうちに深夜になって、どうしようか途方に暮れていた、と。



 電車もバスももうなかったから、私はタクシーを呼んだ。


 あの自販機から亜紀さんの住んでるこのマンションまでは、結構距離があった。


 私は……なんとなく、ついてきてしまった。



 知らない人についていくなんて、私の身が危ないって?


 いやいや。財布なくしたコスプレお姉さんの方が危ないって。


 さすがにほっとけないよ。



 それで……それなりにお高そうなマンションまで来たわけ、だけど。


 お礼もしたいし、深夜に一人で返すのは危なかろうと引き留められて。


 今、ホットココアをお出しいただいている。



 遠慮なくすすって、その温かさと甘みを味わう。


 おいしいし、あったまるなぁ。


 ……それにしても。あの辺、コスプレ会場なんてあったんだ。初めて知ったわ。



「いろんなものが入ってたから、カードだけでも戻ってくるといいのだけど」



 亜紀さんもテーブル向かいの椅子を引き出して座って、自分のマグカップに口をつけた。


 絵になる仕草だなぁ。飲んでるの、私と同じめっちゃ甘いココアだけど。



 ……スーツが似合って、顔認証で入れるたっかいマンション住んでて、コスプレイヤー。


 亜紀さん……不思議な印象の人だ。



「ああでも、何もかも引き出せないわけじゃないから。ちゃんとお礼はさせて」



 私がじっと見てたのをどうとられたのか、亜紀さんが弁明のような言葉を口にした。



「お礼、なんて」


「そう言わないで。勝手な言い分だけど、私の気持ちがおさまらないのよ」



 むむむ。相手のためにお礼を受け取る? なるほど??


 なら受け取るのはやむなし、として。一体何を……。


 私は眉間にしわを寄せてうなる。



「なんでも、好きなもの言って」



 その大盤振る舞いはまずいんじゃないの?亜紀さん。


 うーん、あまり悩んでも気を遣わせてしまうかなあ。


 そう思ってココアをもう一すすりし。亜紀さんを何となく見て。



 「好きなもの」を思いついた。



「……私、好きだったんです。プリプリ……魔法少女プリンス☆プリンセス」


「へ!? あ、ごめんなさい??」



 なぜ謝られたのだろう。



「亜紀さん、コスプレされるんですよね?」


「ん? そうね。コスプレもするわね」



 も? ……まぁいいや。



「衣装、とかって」


「あ、なるほど!」



 何かお察しいただけたようで、亜紀さんが指をきれいに鳴らした。



「作ってあげるわよ、何が良い?」



 おおおおぅ。える人。


 私はちょっと、コスプレの話とか聞きたかっただけなんだけど……。


 私も、亜紀さんみたいになれるか、って。



 亜紀さんは、魔法少女の衣装を着るには明らかに……いろんなとこが育ちすぎ。


 プリアックスは中学生くらいだったしね。


 でもさっきの姿はとっても素敵で。良く似合っていた。



 自分に似合う、とは、思えない、けど。


 もしも私も……なれる、なら。



「プリスピア」



 そっと呟いて、その雄姿を思い描く。



 魔法少女プリスピア。プリンス☆プリンセスの主人公。アックスの対。白い天槍。


 ふわっふわのドレスみたいな衣装が綺麗で、様になってて。


 格闘打撃が得意で、すごい熱血な子。可愛い顔してるのに、暑苦しいくらいの人。



 変身前は、結構根暗でおどおどしてて。


 それでも、人の助けになるために、何度でも立ち上がる。


 私の憧れる……勇気の使徒。



「私、プリスピアみたいになりたくて……Vダン始めたんです」


「……そう。ゆめ……ゆみかちゃん、冒険者だったの」



 うつむく私に、亜紀さんの声が届いた。


 思わず顔を上げると、彼女の優しい瞳と、目があった。


 どこか、なつかしそう、な。



「あ、はい。アチャ子って名前で。配信もしてて」



 ……はっ。ついしゃべってしまった。


 自らリアバレとか、何考えてるんだ私!


 両親にもアカウント言ってないんだぞ……どうすんのこれ。



 おお? 亜紀さん、どっかから携帯出してきた。


 ……おうちに置いてた予備とか、かな?



「へー……うわえっぐ。私より戦績良い……」



 おっと、さっそく見つけられたらしい。


 動画まで再生されてる……。


 ん? 戦績?



「亜紀さんもやってるんですか? Vダン」



 私が聞くと、亜紀さんは慌てたように顔の前で手を振った。



「あー、ちがくて。私その、えーっとほら。リアダン、の方で」


「もしかして、コスプレしてリアダン行ったりするんですか!?」



 私の中でなぜかその二つが繋がって、テンション上がって聞いてしまった。



「あ、あー。それもする。そうなのよ」


「すごい、いいなぁ」



 亜紀さんきれいだし、華がありそうだし。見てみたいなぁ。


 あ。



「配信とか、やっておられませんか!?」


「へ? それはやってないわねぇ」



 なんと残念。


 ……? なんか亜紀さん、私の動画真剣に見てる??



「……ゆみかちゃん、このスキルのこと、聞いてもいい?」



 携帯の画面をこっちに向けて、聞かれた。


 私、というか。きらきら白銀衣装の「アチャ子」がほんのり緑に輝いてる。


 スキル発動時は魔力発光する緑に光るから、見ればわかるんだよね。



 何使ってるかとかは、本人しかわかんないんだけど。


 あ、でもシステムメッセージの宣告は全員に行ったはず?


 私のは「◆◆◆◆」って文字で、音声は聞いてもわかんないけど。



 ああ、だから聞かれたのかな。名前わかんないスキル、珍しいらしいし。



「えっと、人にかわいいって思ってもらえると、命中力と回避力が上がります」



 自分で言っててもわけわかんない説明に、亜紀さんの目が鋭くなった。



「……聞いたことないわね。スキル分析は?」


「かけてもらったことはあるんですけど、わからないって言われました」



 解析ができるスキル持ってる人とかもいるので、お願いしたことがある。


 でもわからんって言われちゃった。


 だからあのスキルでわかってることは、私が使いながらこうかな?っていろいろ試したことだけなんだよね。



「それは解析スキルじゃない? 詳細分析で……でもこれはたぶん不確定名……」



 何か亜紀さん、自分の世界入り始めちゃった。


 いろいろ独り言つぶやいてる。


 …………きりっとしてすごいかっこいいんやけど。



「よっし、じゃあ試してみましょう!」



 おお、なんか決まったみたい。


 ……試す?



「そのスキル、ちょっとリアダン行って確認してみましょう」


「え、ええええ!? ダメです今の私かわいくない!!」



 夜中なのに、思わず結構な悲鳴をあげてしまった。



 あのスキル、ダサ衣装とかだとほんとに発動しないのわかってる。


 「アチャ子」ですら、場合によっては使えないんだよ。


 リアルの私じゃ、無理だ。



「ああ、もちろん準備するわよ? ゆみかちゃんのお願いも聞いてね」


「おね、がい?」


「そ。作ってあげる。ゆみかちゃんに似合う、プリスピアの衣装」



 ほ?


 ほぉぉぉぉぉぉ??


 そういう? え、何でそんな話に????



「だからそれ着て、危険度低いとこ行きましょう。物は試しに」


「いやいやいや! 衣装着てるだけじゃさすがにダメですし!」


「誰かに見られなきゃいけないと。大丈夫よ」



 亜紀さんはテーブルに身を乗り出して。


 目を細め、顔をほころばせ。


 とっっっっっってもいい笑顔で言った。



「私が思う、最高にかわいいあなたにして。私が一緒に行くから」



 ……なんと????

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