背後霊の剥がし方

五木六花

同窓会 前

 小学生の頃は私、あんまり友達がいなかったんですよね。今も多い方ではないんですけど。

 だから実家経由で同窓会の案内が来た時も、わざわざ私にまでっていう気持ちがあって幹事さんには申し訳ないけど、断ろうと思ってたんです。だけど、何故か突然ある同級生のことを思い出したんです。

「私、死んだ人がみえるんだよね」

 早瀬サナエ。あまりにクラスに馴染んでいて個としての存在を忘れそうな女の子。

 派手でも地味でもない、小柄でオシャレな彼女と授業以外で会話をしたのは初めてなのに何の脈絡もなく突然そんなことを切り出されたから、どう反応したらいいか分からなくて。何となく印象に残っていたのかもしれません。

 私が何も返事出来なくても、彼女はお構いなしでした。

「図工準備室の隅の、棚と棚の間に何もない隙間があるでしょ。子どもが一人、ちょうど入れそうな隙間。普通だったらみんな面白がって入りたがりそうだしかくれんぼで隠れそうなとこなのに、みんなあそこには入らない。無意識に避けてるの。何でだと思う?」

 たしか、その話をしたのは昼休みのことでした。インフルエンザが流行ってて、学級閉鎖になる直前ってくらい出席してる人が少なかった日だったんです。

 静かな教室の窓際で、早瀬さんが私の顔を見つめるまっすぐな瞳を今でも覚えています。

「あの隙間、すでに挟まってるの。霊が。狭そうに、肩をすくめて」

 きっと私は神妙な顔をしていたと思います。その光景を鮮明に想像してしまって、何故だかショックを受けました。そういう怪談話、しかも今私がいる校舎内の一角にいるという話を面と向かってされたのは初めてだったし、縁のなかったはずの心霊的なものたちが私の生活に侵食してきたように錯覚したからかもしれません。それと、幼さゆえに疑うことなく何でも鵜呑みにしてしまう純粋さがあったからっていうのもありますよね。

 少し見つめあった後、耐えきれないというように早瀬さんが吹き出して笑ったんです。何だ、冗談だったのかと、私もほっとして身体の力が抜けました。あと、この時単純に早瀬さんが話しかけてくれたことに対して嬉しいと思ったんです。つい私も一緒になってくすくすと笑いました。

「こういう話したの、中島さんが初めて。秘密にしといてね」

 冗談だよ、と言われることを期待してたので、こういう話イコール冗談話だと思っちゃったんですけど、その日の下校中に思い返して気付いたんです。こういう話、というのはきっと自分に霊感があるんだという告白話、という意味だったんじゃないかって。当時の私は妙にすんなりと、彼女に霊感があるということを事実として受け止め、自分だけに打ち明けてくれたことを誇らしく嬉しいと感じていました。ですが、それをきっかけに仲良くなったということもなく、何事もなかったかのように、翌日からは会話も接点もないまま挨拶を交わすだけの関係に戻りました。

 それでもその後、あと一度だけ早瀬さんと話した記憶があるんです。

 それは担任から、クラスメイトのひとりが行方不明になったことを知らせられた日でした。

 行方不明になったのが誰だったのかは思い出せないんです。薄情ですよね。知らせを聞いた時にはあんなに衝撃を受けてしくしく泣いて、しばらく暗い気持ちで過ごしたはずだったのに。いなくなった子のことを思って泣いたんじゃなくて、得体の知れない怪物のようなものが身近にいたクラスメイトを突然バクンと丸呑みにしてしまった、みたいな恐ろしさを感じて泣いていたんだと思います。もし、それがその子じゃなくて自分だったら、なんて思って。

放課後、行方不明になった子の話題で持ち切りで騒がしい教室から出ようとした時に早瀬さんとすれ違いました。その時たしかに彼女はこう言ったんです。

「中島さんも、図工準備室には近づいちゃダメだよ」

 最初は何のことか分かりませんでしたが、すぐに彼女から聞かされた怪談話を思い出してすれ違った彼女の方を振り返りました。しかし目が合うこともなく、そのまま立ち去っていく早瀬さんの背中を見つめることしか出来ませんでした。

 このタイミングでそんなことを言われたら、まるで行方不明になった子が図工準備室の怪談と関係しているかのようではないか、というのは考えすぎでしょうか。

 その後、少なくとも私が小学校を卒業するまでは行方不明のままでした。その子が座ることのなくなった椅子と机は片付けられることなく教室の片隅にずっとありました。いつ帰ってきてもいいように。

 小学生の頃の記憶なんて曖昧でところどころしか思い出せないのに、早瀬サナエとのやり取りは妙にはっきりと思い出すことが出来るんですよね。それだけ印象的だったのかもしれません。

 もう一度、早瀬サナエと話がしてみたい。

 それだけの理由で、私はろくに友人のいない同窓会に参加することにしました。

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