第80話:セミの利点
ソラナ達と離れた僕はとりあえず木がある方向に向かった。
丘というか崖のようになっている場所があったのでそこに登るという選択肢もあったけれど、ちょっと無防備な気もしたのでやめた。
やっぱり木が一番落ち着くし、身を隠すのにちょうど良い。
みんながいるであろう場所から適度に距離を取ったあと、僕は軽く穴を掘ってから付けていた装備や服を脱いで置いた。
そして例のボフンという音と共に人化を解除した。
久しぶりのセミモードだ。
僕は近くの木にしがみつき、ちょっと気分を落ち着ける。
やっぱりこの体勢が一番良い。
なんか戻ってきたなぁって気持ちがする。
一息ついてから僕は移動を開始することにした。
敵の大体の位置は聞いてきたけれど、敵の動向を見ながら狙撃に最適な場所を探さなければならない。
最近は夜の見張りの時間なども増えてきたので、空いているときに僕の能力について考える。
神様から貰ってすぐは弾が意志を持って動くのが脅威的だと思っていたんだけれど、もしかしたらそれよりも大きな利点になることがあるんじゃないかと思うようになった。
それは潜伏だ。敵にバレないように潜み、じわじわと動いて最適な場所に移動する。スニーキングと呼ばれる能力が明らかに秀でている。
ゲームだったら銃の重さは感じないし、スティックを優しく倒せば音もなく移動できる。だけど実際にはその技術こそ難しくて、スニーキングできなければ銃の訓練に入らせてもらえないこともあると本で読んだことがある。
その点、僕はセミだ。銃をなくすこともできるし、木のウロに入れば見つかることはない。
身体がメタリックボディなのも功を奏していて、へこんだところに入れば反射で体を周囲に溶け込ませることができる。
そもそも鳴かないセミを見つけるのって結構大変だから、敵が人を探しているとしたら気付かれずに潜伏を続けられるのではないかと思っている。
ひとまずこの辺りで一番大きい木に飛びつき、太めの枝の上で僕は人化した。そして銃を取り出しスコープを覗くと戦場がよく見える。
「思ったより敵が多くない?」
確かコマンドホークは数十匹くらいの魔物を従えているって聞いた気がするけれど、その倍ぐらいはいてもおかしくない。
上空には想像よりも小さな鳥が結構な速度で飛んでいる。あれがコマンドホークなのだろう。
タカとかワシとかトンビとかその辺りの違いがよく分かっていないんだけど、もっと大きな鳥が戦場を駆け回っているのだと勝手に思っていた。
動きは想像よりもかなり速い。
どうやら空から戦場を見回して危ないところに顔を出しているようで動きも読みづらくなっている。
あれに当てようと思ったらかなり狙いを澄ませないといけないだろう。
地上では激しい戦闘が繰り広げられている。
遠くから見て素人の僕でも違いがわかるのはやはりカルディアさんだ。
俊敏な動きで敵の懐に飛び込み、何匹もの魔物を仕留めている。
それに、上から見ているから分かるんだけど、薙ぎ払いや突きを駆使して敵が後ろに抜けないように立ち回っているようだ。
そんなカルディアさんの動きに合わせるようにソラナが何度も魔法を撃っている。
その姿はまさしく魔導士で、異世界で魔法が使えるとなったらああいう風に戦うんだろうなぁと僕が想像していた姿に重なる。
時々シュッケさんが繰り出す範囲魔法には敵わないけれど、ソラナの動きが魔物を倒すのに役立っていることは間違いなさそうだ。
次に僕はミマツ達の方に目を向ける。
悔しいけれど、ミマツの動きは流麗だった。
最前線でユミータさんと息のあったコンビネーションを見せている。
後ろからはルーシーさんが魔法を撃っているんだけど、ミマツの位置が少しでもズレていたら当たってしまうような際どい位置に着弾している。
今は仲間ということを忘れれば「当たれ」と思うんだけれど、不思議と当たりそうな気配もない。
彼らが連携力を駆使して戦っているというのも本当なようだ。
仲間の動きを確認した後で改めてコマンドホークの動きに着目する。
あの鳥は戦場にくまなく目を通し、弱い部分を助けているようだけれど、やはり気になるのはカルディアさん達のようだ。
素早く動くカルディアさんは勿論だけど、さっきから強力な魔法攻撃を続けているシュッケさんが気になっているんじゃないかと思う。
狙うとしたらカルディアさん達に隙が出て、シュッケさんに攻撃を出そうとするところなのではないかと僕は直感した。
僕は銃身に魔力を込めて弾を装填する。
そしてスコープを覗き、コマンドホークに照準を合わせる。
敵の動きを読むために自分がコマンドホークになったつもりで集中する。
そしたらほんの少しだけど、コマンドホークの気持ちが分かったような気持ちになってきた。
多分だけどそれは僕がセミだからなんじゃないかと思う。
セミとして空を羽ばたいてきた経験がコマンドホークへの共感をもたらす。
「そうだよなぁ……。分かるよ」
空を飛ぶ時には風が大事だと思う。それは間違いないんだけれど、身体が小さいほどもっとたくさんのことに気をつけなければいけない。
感覚の問題だからそれが気圧とか湿度のことなのか詳しくは分からないんだけれど、僕のセミの部分がコマンドホークの次の動きを高い精度で予測し始める。
野球をやったことは数えるほどしかないけれど、フライの落下点を予測するのが素人には難しいのに練習を重ねれば感覚で分かるようになるのと近いんだと思う。多分、きっと。
そこで僕は頭で考えるのをやめることにした。
そもそも狙撃の経験もまだあんまりないし、魔物の生態だって分からない。
だったらセミとしての本能に任せて動いた方がうまくいく気がしたのだ。
僕は体勢を変えず力を抜きながらコマンドホークに照準を合わせ続ける。
いずれ撃つべき時は来る。それを感覚が教えてくれる。
そう信じてやまなかった。
周囲の音は耳に入ってはいたけれど、頭までは届いてなかった。
僕は愚直にコマンドホークを追い続けて、その時を待っていた。
そうして時間が経った時、コマンドホークが突然動きを変えて、焦ったかのように飛び始めた。
視線を外して見ると、カルディアさんが身体を強く引き絞り、大きな溜めを作っている。
何か大技を出すつもりのようだ。
「ここだ……」
僕は息を吐き、また吸った後で呼吸を止めた。
勝負のタイミングがやってきたのだと分かったのだ。
カルディアさんのことは見ずにコマンドホークの動きに合わせる。
そして奴がこれから取る軌道をセミ的感覚で予見し、照準をそれに合わせる。
コマンドホークはこれまでで一番速く移動しているがその動きは直線的で予測しやすい。
「くらえ!!!」
僕は引き金を引き、弾として空に解き放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます