第79話:◆カルディアの見通し

 コマンドホークを見つけたというユミータの声を聞いて、カルディアは持っていた槍を強く握りしめた。

 そしてケイダに合図を送ると彼は自分たちから離れて林の方に姿を消していった。


 先ほどケイダにコマンドホークを倒せと言った。

 あまりプレッシャーにならないようにシュッケがフォローしていたけれど、その意味はなかったようだとカルディアは感じている。


 ケイダは不思議な男だとカルディアは思った。

 普段は自信がなさそうで、情けない顔を見せることも多い。

 カルディア自身に気後れしていそうな様子も見せるし、シュッケのことは完全に怖がっている。

 シュッケもそのことに気がついているから気を遣っているようなのだが、その試みはあまりうまくいっていないようだ。


 そんな男なのに、コマンドホークへの攻撃を任されたケイダに気負いの気持ちはないようだった。

 彼は非常にリラックスした様子で己の仕事をしに行った。


「あれは本当に仕留めそうだな」


 カルディアは自分にしか聞こえないように呟いた。

 コマンドホークは動きが早く、その軌道も読みにくいと知られている魔物だ。

 魔力を使った統率能力で知能の低い魔物を傘下に入れ、敵にけしかけてくるので倒すのに骨が折れる。

 だが、ケイダだったら何とかしてしまうのではないかとカルディアは思えてならなかった。


 ケイダの実力はカルディアには計れなかった。

 ソラナに聞いた話では、ケイダは偶然会ったA級冒険者のロルス・ローランドに実力を認められ、推薦を受けたそうだ。

 輝剣の貴公子と呼ばれるほどに華麗な技をもち、破竹の勢いで業績を上げ続ける化け物にケイダは認められたのだ。


 だけどそれはもしかしたら実力だけの話ではないのではないかとカルディアは考えている。

 ケイダのことはなぜか助けてあげたくなってしまうのだ。

 多分それはシュッケも同じように思っているだろうし、ソラナもそうなのだと思う。

 アンバランスという訳でもないのだけれど、気がつくと彼に手を差し伸べている自分がいる。

 励ましてあげなければと思っている自分がいる。


 ロルス・ローランドがどういう性格をしているのかカルディアは知らないが、きっと彼もケイダを助けてあげたくなったのではないだろうか。

 そう思うと笑いが込み上げてくる。


 ケイダの一番の武器はあの異常なまでの遠隔攻撃能力ではない。

 あれだけの力を持っているのにも関わらず「助けてやらなくては」と周囲に思わせる朴訥とした性格が武器なのだ。

 それは人生を送っていく上で得難い大事な資質だ。


「ミマツが思わず突っかかってしまうのもその辺りに原因があるだろうな」


 カルディアは遠目にいる失礼な銀髪男を見た。

 いまはユミータが斥候に出ているのでその報告を待っている。

 こちらのことはまるで気にしていない様子だけれど、カルディアが見ていることさえもあの男は分かっているかもしれない。

 これまで一度も仲間から犠牲者を出さずにC級までのし上がってきた実力は伊達ではない。




 年下の冒険者達の姿を見てカルディアがほっこりしているとユミータが帰ってきた。

 偵察がバレて魔物を引き連れてきたら面倒だと思って早めにケイダを出したけれど、ユミータは当然そんなヘマをしなかったようだ。

 だが、そのユミータの様子がよろしくない。あまり良い報告は聞けないだろう。


「ミマツ、カルディアさん……。魔物が五十匹は集まっています。そして、あのコマンドホークは特殊個体です。筋肉のつき方から、通常よりもかなり速く動く可能性があります」


 ユミータの報告を聞いて、カルディアは槍を強く握りしめた。

 集まった魔物の質にもよるがかなり数が多い。激戦になる可能性が高いだろう。


「……ケイダに伝えた方がよいでしょう」


 ミマツはそう言ってすぐに動き出そうとしたけれど、カルディアは止めた。

 やっぱりミマツはケイダのことを気にかけていた。

 人間としてやり方がダメなのでフォローはできないが……。


「いや、その必要はない。多分ユミータを持ってしてもどこにいるのか分からないだろうし、あいつに余計な気を回す必要はない」


 そう言うとミマツは黙ってカルディアを見つめた。

 肯定でもなく抗議でもない。ミマツがよくする目だ。

 多分話を聞こうとしているのだろう。


「言っておくがどうせ牽制役だからと思っている訳ではない。コマンドホークが予想よりもちょっと強いからと言って影響がないと思っているだけだ。ケイダはそれだけの実力を持っている」


 ただ、ミマツだけなくユミータもケイダの実力を評価していないようだったので、カルディアは啖呵を切ってしまった。

 カルディアは心の中で「ごめん。ケイダ、私のメンツのためにも頑張ってくれ」と強く願った。


「分かりましたぁ。カルディアさんがそこまで言うのであればその通りにしましょう。いくら実力があると思っても些か背負わせすぎだと思いますけどねぇ」


 ミマツは元の軽薄な様子に戻ってそう言った。

 お前がそれを言うかとカルディアは思ったけれど、ミマツを相手にしている場合ではなかったのですぐに話を終わらせてシュッケ達の元に帰った。





 カルディアは次々に向かってくる魔物達と対峙している。

 魔物はビバルサやバラシンガ、マザマなど元々この山に生息する種類だ。

 だから対処には慣れているのだが、コマンドホークの指揮によっていやらしい動きをしてくる。


 何より数が多すぎる。

 上空にいるコマンドホークの動きに注意しながらも、さまざまな方向から攻撃してくる魔物に対処しなくてはならない。

 カルディアは槍の薙ぎ払いを中心に技を組み立て、できるだけ崩れないような立ち回りを続けている。


 カルディアは粗野な性格だと言われることが多いけれど、槍の技術は繊細だ。

 身体強化度は高いので力も強いけれど、やはり男と比べると劣る部分が出てきてしまう。

 その部分を機敏さと精密さで補い、ここまでのし上がってきた。


 槍は間合いだとカルディアは思っている。

 遠すぎれば当然届かず、近すぎると詰まってしまう。

 だからこそ足運びに注意して、薙ぎ払いで敵の動きを操る必要がある。

 そうしてダメージを与えながら、致命的な瞬間を待つ。


「はぁっ!」


 裂帛の気合いと共にカルディアはバラシンガに突きを放つ。

 バラシンガは大きなツノを持つシカの魔物だ。

 槍の穂先は抵抗なくバラシンガの内臓を貫き、絶命させる。


 一呼吸置くために後退すると後ろから風の魔法が飛んでくる。

 魔物に切り傷を与える効果もあるけれど、吹き飛ばすので戦線を整えやすくなるのだ。

 この魔法にはカルディアだけではなく横で戦っている『当意即妙』も助かるだろう。


「ソラナ、いいぞ」


 風の魔法を使ったのはソラナだった。

 タイミングや強度の指示こそシュッケが行っているけれど、行使しているのはソラナに他ならない。


 ソラナに関しては良い誤算だった。

 熟練の魔導士と比べたら拙い部分はあるけれど、かなりの戦力になっている。

 シュッケが彼女に求める技の難易度は、実はちょっとずつ上がっているのだけれど、うまく対応している。


「これは化けるかもしれないな……」


 今回がほぼ初めての実戦だと思えないほどの練度だった。

 威力というよりは技巧に寄っている印象があるが、おかげで暴発などの心配があまりないのもソラナが戦力になっている大きな理由だ。


 ソラナがこまめに魔法を使ってくれるおかげでシュッケに時間ができ、範囲魔法を使う余裕すら出てきている。

 しかし、少し減らしたとはいえ、目の前にはまだまだたくさんの魔物がいる。

 タフな魔物が多いし、何よりコマンドホークの動きがいやらしい。

 致命的な場面になると現れて邪魔をしてくるのだ。


「そろそろだと思うがなぁ……」


 カルディアは再び槍を握り、前に飛び出した。

 もうそろそろケイダが動き出すのではないかという見通しをその薄い胸に抱きながら。

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