第70話:お披露目

 ソラナに僕らの目的地であるアステルのことやステラの民の話を聞いて、僕はこの世界の複雑な事情を目の当たりにした。


 僕がこれまでに経験したことのある厄介な状態と言ったら、病院の看護師さんたちの派閥争いと点数稼ぎのやり合いくらいだったので、あまりのスケールの大きさに僕はお手上げだった。


 僕はセミだから知らないと言えたら良かったんだけれど、その問題のど真ん中にいるのがソラナだし、僕は彼女を助けたいと思っているのだ。


 もしソラナを救う必要があるのだとしたら、そういった対立的な問題を解決しなければならないんだろうなぁと思ったけれど、そんな大それたことが僕にできるとも思っていないので、見て見ぬふりをすることに決めてしまった。


 ねぇ、やっぱり僕って厄介な子を好きになっちゃったよね?


 街の悪漢から守ってあげたら惚れてくれて、そのまま真っ直ぐハッピーエンドに向かうような相手だったら気楽だったんだよなぁ。


 世界中からその身を狙われていて、どんな手段を取ろうとも漏れなく厄介な問題が付き纏ってくる女の子ってやばくない?


 でもさ、本当にやばいのは、ソラナを取り巻く状況が厳しいものだと思えば思うほど助けてあげたくなっちゃう僕なんだよね。


 そんな彼女が発する切実な「助けて」を聞く度に僕は全力を尽くしたくなっちゃうんだ。

 どうせ僕の命は拾い物、転生と女神様の加護で今日も生きながらえているわけだから、好きな女の子くらい助けてあげたいと思っちゃったんだよね。


 これが噂に聞く「惚れた弱み」ってやつなのかな?





 山に入ってから数時間が経った後、カルディアさんとシュッケさんに言われて、僕は自分の能力を見せることになった。


 本来であったらここまでの間に何匹も魔物が出てきて順番に戦う予定だったんだけれど、全然いなかったのだ。


 珍しいことではあるけれど、そういうこともたまにあるとカルディアさんが言っていたのでまだ異常事態だとは思っていない。


 ちなみにこの世界の魔物の定義は人によってまちまちみたいだ。魔力を持っていない生物はほとんどいないからそこで区切る人もいるし、ある程度人に害をもたらすものだけを魔物と呼ぶ人も多いらしい。


「ケイダ、早く敵を見つけてくれ!」


 スコープを覗きながら考え事をしていると横からカルディアさんの声が聞こえてきた。


 彼女は早く僕の能力を見たかったのに敵が現れないのでちょっと焦れているらしい。


 いま僕はここら一帯で一番大きな木の上で敵を探している。

 横にはカルディアさんがいて大きめの声を出しているし、少し下の枝にはシュッケさんとソラナがいる。


 僕は人の状態の時もセミの本能でするすると木に登ることができるのだけれど、他の人々もそれについてきた。

 特にソラナが来たのは意外だったので驚いていると「木登りは虫取りに必須だよ?」と言って誇らしげだった。


 その様子が可愛くて悶絶しそうになったけれど木登り中だったので当然堪えた。


 だけど、そんなソラナの様子にやられたのは僕だけではなかったらしく、カルディアさんとシュッケさんのお二人も「かわいい⋯⋯」と言葉を失っていた。


 やっと僕のソラナの魅力に二人も気づいたようだ。




 スコープを覗いていると離れた場所に猪っぽい魔物がいるのに気がついた。

 体はやや大きくてちょっとだけ牙が出ている。


「一キロは離れているところにイノシシの魔物がいますね。同じ山にいるので倒した後で確認に行けると思います」


「イノシシか。この山だとバビルサかウォルトホッグになるな。牙は長いか?」


「いえ、口からちょっと出ているだけですね」


「そうか。じゃあウォルトホッグだろうな。頭はイボがあってかなり硬いから体を狙ったほうが良いだろう」


「分かりました」


 僕は銃身に魔力を込めてセミ弾を装填する。

 そしてカルディアさんに言われた通り、体に照準を合わせる。


「なんだこの魔力は⋯⋯」

「すごい⋯⋯」


 カルディアさんとシュッケさんが何か言っているけれど聞き流す。

 発射してから微調整できるけれど、今後のことを考えると出来るだけ直接狙えるようになったほうが良い。


 僕は大きく息を吸った後で息を止め、狙いを定める。

 そして引き金に指をかけて、すぐに引いた。


 バァンッ!


 銃声とともにセミの僕が発射された。

 狙いは腰の骨だ。


 僕は特に軌道を調整をすることなく力を抜いて体を硬化させた。

 大きく外れるようだったら動こうと思ったけれど、命中はしそうだ。


 発射された時のまま、真っ直ぐに向かうと猪の背中が見えてきた。

 狙いは腰だったけれど、当たるのはもっと上になりそうだ。だが、それで十分だろう。


 目の前に大きな壁が立ちはだかる。

 それなりに毛並みが良いので上物かもしれない。


 猪の体にめり込むと温かさを感じる。

 これが生々しいと言えばその通りなのだが、温泉に入った時のような不思議な心地よさがあってクセになるのだ。あんまり温泉に入ったことないけど。


 瞬間的に熱を感じた後、僕は猪の体から出て地面に突き刺さった。

 大抵の場合、一番衝撃を感じるのはこの時だ。

 結構深くまでめり込むので自力で出ようと思ったら面倒だ。


 僕はすぐさま意識の主導を人の方に切り替え、セミ弾を消した。

 最近はレベルが上がってきたのか意識の選択までの猶予時間が長くなっている気がする。

 もしかしたらこのまま成長したら結構長い時間セミのままで活動できるのかもしれない。


「命中しました」


 遠くの獲物を仕留めたという満足感を抑えて、味気ない様子で報告する。

 すると、肩に強い衝撃が走った。


「ケイダ! お前すげぇじゃねぇか! いやすげぇなんてもんじゃない。魔導士の戦いに革命が起きるぞ!」


 見た目に合わず馬鹿力のカルディアさんに肩を叩かれたのだ。

 ちょっとだけ痛かったけれど、悪い気はしなかった。

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