第69話:ステラの民

 僕、ソラナ、カルディアさん、シュッケさんの四人はウルト山地に向かって出発した。


 歩きながら目的地を問われたので「ハルト王国のアステル」と答えるとカルディアさんとシュッケさんは目を輝かせた。彼女たちの目的地もまたアステルだったのだ。


 そして彼女たちは僕らに対して「ステラの民なのか」と聞いてきた。


「私はステラの民ですが、ケイダくんは違います」


「そっかぁ、じゃあソラナはこれから帰るってことなんだな!」


 そう言ってカルディアさんはソラナを軽く抱きしめた。

 僕はそれって何ですかと聞きたかったんだけれど、抱きしめ合う二人とその様子を優しげに見守るシュッケさんの顔を見て、口をつぐむことにした。





 追手が来ていないか気にしながら半日歩き続けて僕たちはウラル山地についた。

 山に入って少しするとカルディアさんとシュッケさんが「山の様子を見てくる」と言っていなくなってしまったので、僕はさっきのことをソラナに聞くことにした。


「ねぇ、さっき『ステラの民』って言っていたけれど、あれって何のことなの?」


 僕が疑問を投げかけると、ソラナは「伝えてなかったね」と言って説明してくれた。


「ステラ王国が滅びたって話を前にしたと思うけれど、その後、国の領土は周辺国に割譲されたの。特に当時から力を持っていたスパーダ王国、ロゼンジ帝国、ハルト王国、そしてクラブ教国は多くの土地を獲得したんだ。四つの国はそれぞれ近い国だけれど、その中央にはかつてステラ王国があったの」


 ソラナは落ちていた枝を拾って、地面にそれぞれの国の位置関係を描いてくれた。

 昔はステラ王国を取り囲むように国が存在していたようだ。


「その時、そこに住んでいたステラ国民はバラバラの国に所属することになっちゃったの。中にはその国で上手くやっていった人たちもいるんだけれど、大抵は対立が起きて大きな騒動になったり、国を出てしまう人たちも出てきたんだって⋯⋯。『ステラの民』っていうのは、定義は色々あるんだけれど、今でも自分たちはステラ王国の一員だっていう想いを強く持っている人たちのことを指すの」


「ステラ王国の人々って、人種とか民族とかそういうもので何か区分されているの?」


 僕は前世での紛争のことを思い出して聞いてみた。


「ううん、明確にそういうものはないかな。だけどステラ王国は女神アイテラス様の加護を受けて出来た国だから、自分たちは女神の使徒の末裔だって考える人もいるみたい」


 簡単に言ってしまうのは良くないだろうけれど、それはすごく厄介なことに思った。

 愛国心を持つことは問題ないけれど、女神と関係が深いから優れているとかそういう考えになってしまう人がいるとしたら上手くいかなくなりそうだ。


「各国は基本的にステラの民を抑えるような態度を取ったんだけれど、ハルト王国だけは国を失った民に歩みよって『ステラ自治領』を作ったの。その都が私たちが今向かっているアステルなんだ」


 段々と話が飲み込めてきたけれど、僕が思っていたよりも情勢は複雑みたいだった。

 というか前世で他人事として勉強していた外国の問題が今現在近くで起きていると思うと、僕はどうしたら良いのか分からなかった。

 異世界転生ってもっとシンプルじゃなかったっけ?


「じゃあ、カルディアさん達が『帰る』って言葉を使っていたのも、ステラの民の土地にソラナが戻るように見えたからってこと?」


「うん。そういう意味だと思う。特にアステルがある場所は、ステラ王国の建国の祖であるエレボス王の生誕の地とされているから特別な場所だと思う人が多いんだよね」


 そうやって話すソラナの口振りは淡々としていた。

 情報は澱みなく出てくるけれど、僕は優等生に勉強を教わっているみたいな感覚を持ってしまった。


「ソラナはどう思っているの? 自分は『ステラの民だ』とか、故郷に帰るみたいな気持ちはある?」


 結構思い切って聞いてみた。

 かなり突っ込んだ質問をしたと思うけれど、ソラナの様子を見て問題ないと思ったのだ。


「⋯⋯ケイダくんも分かっているみたいだけれど、私はそういう意識が薄いかな。正直、胸に印がなかったら自分がステラに関わりがあるって意識はあんまりなかったと思う。知識としての教育はたくさん受けたんだけれど、お母さん達はいつも『ステラ王国のことをどう考えるかは自分で決めなさい』って言ってたから、思想は無いに等しいの」


 ソラナは随分特殊な教育を受けたみたいだと僕は思った。

 でも良く考えたら両親も答えを出せなかったのかもしれない。

 だってソラナが「名乗り出てスパーダ王国の王様と結婚する」と言えば、それだけで世界の趨勢は決まってしまうのだから、何が正しいかなんて分かるはずがない。

 そしてその考えに思い至った途端にソラナがいまとんでもない問題の渦中にいるのだと理解することが出来た。


 故郷が無事であったらそれまでの生活を維持していれば良かったのかもしれないけれど、彼女の村は滅んでしまった。

 だからソラナはどうしても選んでいかなければならないのだ。

 場合によっては世界の状況すら変えうる選択肢が並ぶ中で、自分の気持ちと向き合いながら考えなくてはならない。


「⋯⋯大丈夫だよ。ソラナがどんな考えに至っても僕は味方だから、精一杯悩んで良いと思う」


 気づけば僕はそんなことを口走っていた。

 ソラナは「迷っている」とも「困っている」とも言っていなかったのに、勝手に彼女の胸の内を妄想して言ってしまった。

 しかも彼女の目をまっすぐに見て、思いっきり格好つけて⋯⋯!


 クサすぎる自分の行いを振り返って僕は地面にのたうちまわりたい気分になった。

 だけどソラナはそんな僕に儚げな笑顔を向けてこう言った。


「ありがとう、ケイダくん。あなたと会えて本当に良かった。ずっと私の味方でいてね?」


 破壊力抜群の言葉に僕は膝から崩れ落ち、さっきとは違う意味でのたうちまわった。


 ちょうど帰ってきたカルディアさん達が心配して僕を介抱してくれようとしたけれど、『恋の病が原因です』とは口が裂けても言えなかった。

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