第68話:山に向かって出発!

 不思議な色香を放つカルディアさんの無意識攻撃を鉄の自制心で無効化した僕は、白んだ空を見つめていた。


 カルディアさんはいま仮眠をとっていて、僕の対面にはシュッケさんがいる。

 十分な睡眠をとった後、僕たちは朝の早いうちに山に向かうことになっている。


 というのも、カルディアさんたちは関所の兵士たちに胸を見せるように言われた後、悪態をついてから飛び出してきたのだと言う。

 それぐらいで拘束されるほどこの国の兵士たちは狭量ではないらしいけれど、そういう人が増えると山の監視がキツくなる可能性があるとのことだ。


 あとこれから僕たちがすることは完全に不法出国だけれど、前世とは違ってこの世界にはパスポートとかがある訳ではないので、また戻ってきたいと思えば入国しても何にも問題ないそうだ。


 だったらなんで関所なんかあるのかと思うけれど、山越えをするにはかなりの労力がかかるので普通は適切なお金を払ってショートカットするのだ。

 そう考えると不法は不法だけど、交通料を払って通る専用道路が敷かれているだけだと考えても良いのかもしれない。


 シュッケさんにその辺りの事情を教えてもらいながら過ごしていると、気がつけば日が登ってきた。


「んんー!」


 またシュッケさんが伸びをした。

 これで多分五回目だと思う。


 彼女は僕の斜め前に座っている。

 その辺にあった木をうまく組み合わせて椅子みたいにしているんだけれど、それはどうでも良いとして、彼女はさっきから頻繁に体を伸ばす。


 グラマラスなシュッケさんが腕を上げて胸を張ると豊かなものが強調される。

 最初の二回くらいは反射的に見ちゃっていたんだけれど、僕が見ているのがバレると良くないし、思いのほかありがたみも感じなかったので今では自然に目を背けている。


 なんでそんな行動をするのか分からないけど、シュッケさんは僕に体を伸ばしているところを見せていると思う。

 胸の大きさをアピールしているとかではなくて、きっと何か他の意図があるんだろうけれど僕の対人経験ではそれを読み取ることは不可能だった。


 もしかしたら疲れているアピールとか、寝てないのに頑張ってますアピールとかそういうものなのかもしれないけれど、それを僕にする意味がないように思える。

 口で言ってくれれば良いんだけれど、どうやら彼女はこういう迂遠な手を使うのが好きなようだった。


 いやな人ではないと思うんだけれど腹黒さが見え隠れする感じがちょっと苦手だ。

 僕が胸に威圧感を感じちゃっているのもそう思う理由の一つだから、そこは申し訳ないと思う。

 物腰は柔らかいし、ほわほわしているから男性人気は高いと思う。





 日が昇ってから僕はソラナを起こした。

 彼女の寝顔はいつも無防備で、本当に気持ちよさそに寝るもんだからちょっと眺めたくなっちゃうんだよね。


 もしかしたらこの世界ではそうおかしくないことなのかもしれないけれど、前世の価値観だとこうやって寝顔を見ることのできる異性って家族か恋人だからどうしても意識してしまう。


 ソラナの寝起きは悪くない。

 起こすとちょっとモゴモゴ言うこともあるけれどすぐに目を覚ましてパッと起きる。

 そして起きた瞬間から顔がもう出来ているのだ。


 なんと表現したら良いのか分からないけれど、ソラナは起きた瞬間からもうソラナなのだ。




 僕達は各自で携行食を食べた後で、山に向かって歩き出した。

 僕らがこれから向かうのはウルト山地という場所で、いくつかの山と谷が集まっているようだけれど、それほど高い山はないと聞いた。


 規模も大きくはないんだけれど、谷があるおかげで迂回を重ねなければならず山を越えるのに最低三日はかかるみたいだ。


 それなりに強い魔物がいるので天然の関所として機能しているみたいだけど、シュッケさんの話だとB級冒険者が二人いれば全く問題ない場所らしい。


 お二人は何度もここを通っているみたいなので道の心配もしなくて良いらしい。僕とソラナの二人だったら途方に暮れていたと思うから正直カルディアさんたちが大声を出してくれて良かったと思っている。




 こうして四人で歩いていると他にやることもなくて暇だ。

 まだ出たばっかりだし元気も有り余っている。


「それで二人の目的地はどこなんだ? どこが愛の巣になるんだよぉ」


 お互いの歩くペースが掴めて来た頃、待ってましたとばかりにカルディアさんが横に来て、肘で僕を突きながらニヤニヤとした顔で聞いて来た。


 顔としては憎たらしいんだけれど、彼女は溌剌としてはっきりしているので嫌味がない。


 どう答えようかと考えているとカルディアさんの反対側にいたソラナが僕の腕に抱きつきながら答えてくれた。


「私達はアステルに行こうと思っています。そこに親族がいると聞いているので訪ねようと思っていまして⋯⋯」


「えっ? アステル? そしたら私たちと同じじゃないか! もしかして二人はステラの民なのか?」


 カルディアさんは顔をパッと明るくして言った。

 ふとシュッケさんを見ると彼女の表情もいつの間にか明るくなっていた。


 ステラの民って何だろう⋯⋯。

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