第66話:今日の煙は

 カルディアさんとシュッケさんから国境の関所で胸の辺りを見せるように強要されるという話を聞いた僕は、眠っているソラナを起こした。


 寝入ってからほとんど時間が経っていないけれど、緊急事態のように思ったので申し訳なくも声をかけたのだ。


 天幕から出てきたソラナを見て、カルディアさんとシュッケさんは何故か驚いていた。


「てっきり男同士の旅かと⋯⋯」

「まさか駆け落ち?」


 二人はこんな風に言っていたんだけれど、どうして驚かれたんだろう。僕ってモテなそうに見えるのかな。

 あとソラナが出てきたら出てきたで、駆け落ちっぽい言われるのも不思議だ。

 僕がどう見られているのかよく分からない⋯⋯。



 それから僕たちは改めて自己紹介をした上で関所の様子についてもう一度話を聞いた。


 話を聞くにつれてソラナはその検査が自分を捕えるものだと分かり、僅かに動揺を見せた。

 その心の動きを悟られるんじゃないかと僕は気が気じゃなかったけれど、二人は胸を見せないと出国出来ないと聞いてソラナが狼狽えたのだと解釈したようだった。


 そしてそんなソラナの様子を見てカルディアさんはシュッケさんの方に向き直り、ボソボソとした声で話しかけた。


 ちなみにこの人は僕と出会ってからずっとしおらしい様子だ。豪快な人だと思ったけれど、人見知りなのかもしれない


「ねぇ、シュッケ⋯⋯。この二人くらいなら良いんじゃない? お詫びもあるし⋯⋯」


 その言葉を聞いてシュッケさんは頷いた。

 リーダーというか方針を決めるのはシュッケさんの方のようだ。


「私達はこれから西側にある山を越えてハルト王国に行こうと思っているんですが、一緒に来ますか? 魔物も出ますし、整備されていない道が続きますが二人くらいなら護衛しながらでも問題ないと思います」


 今度は僕達が顔を見合わせた。

 関所が塞がれているとなるとどうしたら良いのか僕には分からなかったので、その提案は非常に助かる。


 だけど、二人を信じて良いのか分からなかったし、多分合法的な手段じゃないと思ったので僕は決断しかねた。


 なのでソラナの方を見てみると彼女は力強く頷いた。

 それは『受けましょう』という意思表示に他ならないと思ったので、僕は二人に「ぜひお願いします」と言った。


 一緒にいる時間が長くなってきたおかげで、ソラナの考えがなんとなく分かるようになってきた僕だった。





 話がまとまるとシュッケさんは眠そうな様子のソラナを見た。


「そうと決まれば、お二人は天幕で休んでください。私達が交代で見張りをするので、夜が明けてから出発しましょう」


「慣れない野営をしてお疲れでしょう。馬車がなかったとはいえ、魔物を警戒しながらここまで来たのは大変だったと思います。慣れない革鎧までつけて⋯⋯」


 二人は僕の格好を見ながら労ってくれた。

 さっきから気遣わし気な様子が強かったけれど、もしかして⋯⋯。


「あ、あの⋯⋯僕は冒険者なのでそこまでお気遣い頂かなくて大丈夫ですよ。彼女の護衛をしています」


 そう言うと二人とも止まってしまった。

 さっきから妙に優しい人達だなと思っていたけれど、やっぱり僕が戦えるとは思っていなかったんだと思う。

 差し詰め素人の男女が駆け落ちのために無理して国を出ようとしているのだと思われたのだろう。


 僕にオーラがないことなんて分かりきっているので、その反応は意外ではなかった。なので別に悲しくはない。


 二人の様子を見てソラナが僕の背中をポンポンと優しく叩いてくれた。気を使ってくれているのが逆に切ない⋯⋯。


 心の中で涙を流しながら僕は笑顔を作り、お二人に言った。顔はひきつっていると思うけれどこれが精一杯だ。


「よ、よくあることなんで大丈夫ですよ。冒険者に見えないですしねー、僕って。あはは⋯⋯」


 突然冷えた空気があたりに立ち込め、時が止まった。

 燃え続ける薪がたまに『パチ』という以外には音もなく、この世界でひとりぼっちになってしまったかのような寂しい気持ちになる。


 焚き火を挟んで向かい側に座っていたカルディアさんとシュッケさんは立ち上がり、僕の肩に手を置いた。


 隣に座っていたソラナはまた背中をポンポンしてくれた。


「ごめんな」


 カルディアさんの声が耳に入ってきたとき、ふいに煙が僕の目の辺りで存在感を主張し始めた。


「今日の煙はやけに目に染みるなぁ⋯⋯」


 上を向いて夜空を見ると滲んだ星が光っていた。

 今日は星の様子もいつもと違うみたいだった。

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