第65話:そういうのが好きな人もいるだろうけど

 スパーダ王国内を進み、ハルト王国との国境付近までやってきた僕たちは野営をしていた。


 ソラナと見張りを交代して物想いに耽っていると、真夜中だというのに大声で話す女性の二人組がこちらにやってくるのが見えた。


「スパーダ王国はどうなっちまったんだ? 国の兵士がスケベそうな顔で『胸を見せてみろ』っておかしいだろうが!」


「ちょっとカルディアちゃん⋯⋯」


 片方の気性が激しそうな女性はショートの赤毛で槍を持っている。

 革鎧をつけているんだけれど露出度が高くて胸がパッカーンって開いているんだ。


 海外だと胸が大きくないのに胸元開いてる人がいると思うんだけれどまさにそんな感じだった。


 もう一人のおっとりした感じの女性はロングの黒髪だ。紺色のかっちりとしたローブを着ているけれど、それでも胸部の膨らみを隠すことはできていなかった。


 二人は他に人がいないと思って話しているんだろうけれど、僕には丸聞こえだった。

 多分だけど僕は耳も良くなっていると思う。


 なんだか気まずいのでバレませんようにと祈りながら息を潜め続けていると、さっきまで騒いでいた二人の声が突然しなくなった。


 そしてこちらの方をじーっと見ている。

 夜の林の中とはいえ、焚き火があるので光はあるし、冒険者だったら気がつくのは当然だろう。


 見つかった?

 向こうに見えているかと思って軽く手を振ると赤毛ショートの人が控えめなそぶりで返してくれた。


 さっきまでは意気揚々とした感じだったのに途端にしおらしくなっている。

 関わり合いたくないタイプの人だと思っていたけれど、なんだかかわいいぞ?


「シュッケ⋯⋯ごめん。やっぱり人がいたわ」


「うん⋯⋯。だから言ったのにぃ」


 二人は小声で話しているようだけれど、ごめんなさい。聞こえちゃってます。


 そのまま気にしないふりをして離れることもできただろうけれど、二人は当然のように僕の方に向かってきた。


 念のため身構えるけれど、攻撃をされることはないだろうと思っていた。

 二人とも体にまるで魔力がこもっていなかったし、リラックスしているようにすら見えた。


「野営している時にうるさくしてしまってごめんなさい。この辺りに魔物はいないと思うけれど、私たちのせいで寄ってきてしまったら申し訳ないわ」


 近づいてきてすぐに赤毛薄胸の女性がそう言った。確かカルディアと呼ばれていたと思う。


「いえ、問題ありませんよ。実際来ていないわけですしね。お気になさらないでください」


 僕がそう言うと今度はおっとり系ローブの女性が口を開いた。こっちはシュッケさんと言われていたかな。


「私も軽率でした。攻撃されてもおかしくない様子で申し訳ありませんでした」


 シュッケさんは非常にほんわかした声の人だったけれど、態度は誠実なものだった。


 二人の態度はこの世界初心者の僕にはよく分からないものだったけれど、推測するに夜にああやって騒ぐのは非常識であるだけでなく、近くにいる人を危険にする行為と見做されているのかもしれない。


「大丈夫です。それよりも何かあったのですか? こんな夜遅くに歩き回るだなんて⋯⋯」


 なんか胸がどうとか言ってましたよね?

 僕は身を乗り出しそうになるのを必死に堪えて聞いてみた。


「関所で問題が起きてむしゃくしゃしたので近くの魔物を狩り続けていたらいつのまにか夜になっちゃって⋯⋯」


 そう言ったのは意外にもシュッケさんの方だった。

 ほんわかしているのになんか言ってることが物騒だなぁ。

 シュッケさんは手に金属製のメイスを持っているけれど、あれで撲殺でもしたんだろうか。

 肩幅くらいの長さしかないけれど⋯⋯。


「関所で問題ですか? 僕らは明日関所に行ってこの国を出ようと思っているんですけど何があったんでしょうか?」


「男性だったらなんでもないことだ思うんですけれど、数日前から国を出る時に何故か胸を見せなくてはならないことになったのです⋯⋯。理由を聞いても答えてくれないし、見せないなら絶対に出国を認めないと言われてカルディアちゃんが憤慨しちゃって⋯⋯」


「あんたも怒ってたじゃない! 『あいつらを縛り上げた上で皮膚をチリチリと焼きながら頭を踏みつけてやりたい』とかなんとか言ってさぁ⋯⋯」


「カルディアちゃん、しー。声が大きいよ」


 シュッケさんは穏やかな様子でカルディアさんを注意した。

 声が大きいとかよりもとんでもないことを言っていたように思うけれど、その否定はないんでしょうか⋯⋯?


「と、とにかく事情は分かりました。その話を詳しく聞かせていただけないでしょうか? 僕たちにとっても無関係ではないので⋯⋯」


 僕は天幕の方を見た。

 中ではソラナが眠っている。


 彼女も見ず知らずの男に胸をさらけ出したくないと思うけれど、それ以上に見せるわけにはいかない事情がある。


 僕はその検査がソラナを国外に出さないための策に思えてならなかった。

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